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成立/不成立

※この物語はフィクションで、実在の人物・団体等とは関係ありません。

「一言余計」

「ありがとう。お褒めに預かり身に余る光栄だよ、一言以外は余計じゃないってことだろ? 世の中、聞こえてくるのは余計なことばかりで、もう少し静かにならないかと常々うんざりさせられているから、それに比べれば一言余計なくらいなら実直とさえ言っても過言じゃないってことだよね」

「ほとんど無駄口」

「なるほど余計なこと以外は、毒にも薬にもならない無駄だらけ、と言うわけか。まったく話半分どころか、九分九厘聞き流されていたわけか。そいつはショックだ。しかし因果なもので、無駄口こそ減らず口とでも言おうか、無駄な言葉こそ使う機会に恵まれずに貯まっていく一方でこうやって外に出してやらないとすぐにパンクしてしまう。差し当たり減らす努力はしてみるが、そこはどうか許してほしい。いや、せめて長い目で見てほしい。ただ、それでも大事なことさえ言ってくれない君よりはマシなんじゃないかと思うときも、なくはないんだけれど。さて、君の言い分は?」

「…………」(じっと相手を見る)

「OK、言いすぎた。不言実行タイプだったね、君は。それはそれでいいことだ。いや、考えてみれば、それこそいいことだ。僕なんかよりずっといい。昔から、雄弁は銀、沈黙は金というくらいだからね。おや、ということは無言こそが金言なのかもしれない。ん、舌の根も乾かないうちだというのに、今のも無駄口か」

「…………」(首を横に振る)

「それは何に対する否定かい? 最後のが無駄じゃないってことはなさそうだから、そうか、最初の君への評価か。じゃあ、ただの口下手とでも言うわけかい? そんなに自虐的にならなくてもとは思うけれど、君が自分のことをそう思っているなら、まあいいさ。それでも、さっきの質問に答えるくらいのことはしてくれてもいいんじゃないかな? もちろんすぐには決められないというのなら、それはそれで一向に構わないのだけれども。いや、いつまでも待たされたままというのも辛。一向にというのは言い過ぎた。でも静香にとはいかないけれど耐えて待つさ、なんたって他ならぬ君の返事なんだからね。それとも質問への答えがそれかい? それなら僕はもう行くことに――」

「…………」(首を横に振る)

「…………」(じっと相手を見る)

「…………」(じっと相手を見る)

「…………」(じっと相手を見る)

「…………」(左手を出す)

「ありがとう」(その手の薬指に銀の輪をはめる)

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