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こっそり読書 - バーナード嬢曰く。4

「『バーナード嬢曰く。4』を読んだよ」 「今回もおもしろかったですね」 「表紙からツボでそれはもう」 課題図書? 課題をサボる時にするのが読書だから…! 「ですね」 「蓋し名言である。ところで『ハローサマー、グッドバイ』、いつ読もうかな」 「けっこう前から言ってません、それ?」 「こうやって温め続けるのも読書の一つと言えるのでは?」 「せめて積みません? 持ってすらいないじゃないですか」 「んー、手に入ってないからこそ憧れるみたいなところあるじゃない?」 「はぁ……」 「まずどうやって出会うかというところから悩むよね」 「めんどうくさい……」

ド嬢救い - バーナード嬢曰く。3

『バーナード嬢曰く。3』を読んだ。 あるあると肯く話が多くて、つい感情移入してしまう。 例えば、39冊目の「雨宿り」の神林の、本を読もうかどうしようか迷っている気持ち。手が空けばすかさず本を開きたくなるときがある。もちろん時と場合を選びはするけれども。 例えば、35冊目の「沈黙・3」で 『高慢と偏見とゾンビ』 を元ネタ未読のまま躊躇無く読み始めるド嬢の気持ち。どうせ読まないし。訳者あとがきによると「過去の名作の文章を八割以上そのまま」らしいから、もう元ネタも八割読んだと言っても過言じゃないし。でも、43冊目の「○は勘定に入れません」でも神林に薦められた『ボートの3人男』も読んでないし。同じ「主教の鳥株」でひっかかったし。 でもおもしろくて一気に読んだし。 例えば、33冊目と34冊目の間で長谷川さんが語る叙述トリックものミステリとの出会い方。そう、読みたいのに探せないこのもどかしさ。叙述トリックものじゃ、「叙述トリックものである」というジャンルの情報だけでかなりのネタバレになってしまうから、探せない。 ネタバレと言えば33冊目の「ネタバレ」。ここでも、タイトルは伏せておきます。けれど、これだけの情報があれば、検索で簡単に見つけられるよね、きっと。実際、いろんな本のタイトルを検索ボックスに入力されると、かなりの確率で「ネタバレ」や「あらすじ」がサジェストされる。せっかく興味を持ったのに本を読む機会を自分で捨てている人の存在が示唆されて悲しい気持ちになる。 本を読まないと言えば、45冊目でついに出てきた 『読んでいない本について堂々と語る方法』 。予想が当たって嬉しい。

二冊目のド嬢 - バーナード嬢曰く。 1, 2

マンガ『バーナード嬢、曰く 1』と『2』を読んだ。 主人公さわ子(ド嬢)は、活字中毒ではないけれど、読書家に憧れている。だから読書をしないで読書家ぶろうとする努力に余念がない。愛読書は『使ってみたい世界の名言集』(架空の本)。言及されていないけれど、『読んでいない本について堂々と語る方法』に食いつきそう。 自分は、活字中毒の気があるけれど、読書家に憧れていない(読書家だと自認するつもりもない)。読まずにはいられないことが多いから、読書は咎められない悪癖だと思っている(「読書とは咎められない悪癖である」は名言だと思うのだけれど、どこで知ったか思い出せない)。 対極的なのに、ド嬢のセリフが分かってしまう。それがおかしくてたまらない。自分にも手にはとったものの、読み切らないままにしている本が何冊もある。それらの本に対する思いを、ド嬢は見事に代弁してくれている。 ピンチョンなんかまさにそう。って、『ドグラ・マグラ』は読んだのか‼︎ 負けた……。 落ち着け、自分。 そう、義務感に駆られて読む本って、素直に楽しめないよね? 内から読みたいという気持ちが湧き起こったときに読まなきゃね‼︎ ド嬢の友達しおりも「本は読みたいと思ったときに読まなくてはならない」って言っていることだし。 話は変わるけれど、このしおりが微笑ましい。本が好きなので最初は読書家ぶろうとしているド嬢に苛立ちを覚えているのだけれど、どんどん仲良くなっていく。 本について衒いなく話せる友は貴重。