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5月, 2019の投稿を表示しています

天冥の標 X 青葉よ、豊かな PART 1, 2, 3

『天冥の標 X PART 3』まで読んだ。ついにシリーズ完結。 重症を追ったアウレーリアを特に案じていたのだけれど「まさかこんなことになるなんて」と思った。同時に「これを〈こんなこと〉と感じてしまうのだな」とも。アウレーリアのことだからきっとよろしくやっていくのだろうと信じてはいるのだけれど、いまだに思い出すと複雑な気持ちになる。 もう少し心の準備ができていればよかったのかもしれない。けれどそれもどうすればできるものなのか。考えてみれば、受け止められるものが小さい人間というだけのことのようにも思えてくる。未熟か。 もうしらばくこの喪失感めいた何かを燻らせ続けるのだろう。 それでも、シリーズが完結してよかったと思う。続きを楽しみにしてきただけに、もうああやって待ち遠しさを味わうこともないのだな、と残念に思わないでもないけれど、素晴らしい終幕に辿り着けたことへの達成感もある。 千々に乱れているというか、万感の思いが去来しているというか。

アメリカン・スナイパー

『アメリカン・スナイパー』を見た。タイトルどおりアメリカ軍の狙撃手の話。実話をもとに構成されており、狙撃手のモデルはクリス・カイルという方。 同じく、狙撃兵にスポットを当てている『スターリングラード』を思い出しながら見始めたのだけれど、その描かれ方は大きく違っていた。本作の主題は、戦場における狙撃手ではなかった。狙撃手ですらないかもしれない。 本作がクローズアップするのは、戦場から帰ってきた軍人の社会復帰。冒頭は狙撃シーンから入るのだけれど、従軍と帰国の繰り返しが重なるにつれ、帰国中のシーンの比重が増してくる。 繰り返しの過程で、彼の精神にも、彼と家族との関係にも、メタレベルでは商業映画としての起伏にも、繊細な均衡が感じられて、見ていて息が苦しくなるくらい。 それだけに終わったときは半ば放心。社会も無情だ。

血界戦線 Back 2 Back 6

『血界戦線 Back 2 Back 6』を読んだ。収録されている物語は2つ。1つ目は音速猿のソニックの冒険。もう1つはライブラのサポートメンバー2人、パトリックとニーカが巻き込まれた事件の顛末が描かれる。 ソニックの冒険にはまったくセリフがなかったので、いつもよりじっくりと絵を見て動きの想像に時間をかけられたように思う。活字中毒なので、活字があるとどうしても気をとられてしまう。セリフが多いマンガだと、セリフだけ追いかけるような読み方をしてしまうくらい。描き文字は絵として見られるのだけれど。 2つ目の話では、2人の今まで見られなかった面が描かれていて、ますます魅力的に。2人の関係が温かい。それはそれとして、事件はライブラが到着した途端に解決してしまうのが、出オチみたいになってきたような。前も似た描かれ方をしていたせいか。特に今回はヴィランが冗談めいた存在だったから、そういう狙いなのかもしれない。 でも、そろそろクラウスの活躍が恋しくなってきた。

Fate/Grand Order 『惑う鳴鳳荘の考察』ネタバレありの感想というか妄想というか

Fate/Grand Orderのイベント『惑う鳴鳳荘の考察』が最後の17節まで公開されて(5/21)、小説版が発売されるまで(5/25)に書いておきたいことができたので、簡単に。ゲームシナリオについてネタバレありのプレイ後の妄想。 どこまでが問題編か明かされる前に、先を予想するにあたって次の2つを「疑えた」ので自己満足している。 (1) モリアーティが「善人役」である可能性 (2) 特異点での撮影前から、紫式部から粗筋を知らされていた可能性 (3) 既に撮影に介入している可能性 (4) 練習分も含め、撮影順とは異なる順序で映画として成立させる可能性 そのうえで何を企んでいるのか? と疑うのだけれど、あらかじめ紫式部に入れ知恵していて、紫式部が倒れたのまで彼のせいでは? と考えたのは疑い過ぎた。読み返してみると撮影中に思考を誘導していたよ、「今の映像は本編に使わなくてはいけないヨ。」とか! 「実は生きていた説が出てこない限り、私はやりたい放題なのだヨ……!」とかほとんど自白じゃないか!! ともあれ。(1)に思い当たったきっかけは、ホームズのモリアーティに対する「正しく疑えない」という評価。これを思い出すと、どの考察に投票すべきか? も、紫式部がどんな脚本をで撮ろうとしていたか? もあらかじめ問われているのでミスリードだと思えてくる。バーソロミューは途中入退場なので除外。マシュも考察こそなかったがジャンヌ案に賛同していたので除外。というわけで「モリアーティをどう疑うか?」を考えて、(1)〜(4) の可能性に辿り着いた。 そのメタ疑問を念頭にそれまでのシナリオを思い出すと、出演者の中で彼だけがカルデアでの紫式部から出演を依頼されるシーンが描かれていて、それが「難しい役」だというのが引っかかる。そこを足場に疑問に疑問を重ねていったら「彼は、カルデアにいたとき=撮影前段階から、紫式部から、「善人役」を演じることを知らされていたのでは?」という疑問に行き着いた。「善人役」を疑ったのは、「善人の振りをした悪人」よりも「悪人と思われているけれど実は善人」の方が彼のキャラクタから離れているから。そっちの方が、彼にとっては難しいと考えたくなるじゃない?(ここで大事なのは彼にとって難しいかどうか? ではなくて紫式部が彼に「難しい役」として頼みそ

オスマン帝国と現代トルコ、近代化 / オスマン帝国 500年の平和、オスマン帝国の解体、トルコ現代史

『トルコ至宝展』 を皮切りに、 『オスマン帝国 500年の平和』 、 『オスマン帝国の解体』 、 『トルコ現代史』 と現トルコを中心とした地域の歴史を駆け抜けてみた。この地域、西にヨーロッパ、北東にロシア、南東にイランとイラク、南にシリア、地中海を挟んでエジプトと、なかなか凄まじい配置。 オスマン帝国の解体にせよ、現代トルコの抱える問題にせよ、近代に西洋でイデオロギー化された「民族」の概念が大きな役割を果たしているように見える。トルコ共和国は建国の際に民族主義も掲げらけれど、そこに住んでいるのはトルコ人だけではない。クルド人もいる。 一方、オスマン帝国ではスルタン(大王)とシャリーア(イスラム法)のもとで多民族が暮らしていた。他の宗教を信仰していても、ズィンミー(被保護民)として貢納の必要こそあったものの、その宗教生活を送ることもできていた。民族の違いが今ほど大きな違いと認識されていなかったように見える。 宗教についてもトルコ建国時に『世俗主義』が掲げられている。これはいわゆる政教分離より踏み込んでいて、社会や国民の脱宗教家までをも目指していた。2008年になってようやく女性が公的な場でスカーフを身につけてもよいことになったくらい。 オスマン帝国の方がよかったとかそういう話でなくて、あまり考えたことのなかった切り口を知れたという話。政教分離されているべきかどうか?、一国家の中に複数の民族がいるから問題が生じているのか? 近代国家ってなんなんだろうね? 次はオスマン帝国とほぼ同時期に渡って存在したハプスブルク帝国について調べてみるつもり。こここも民族と宗教と近代化の問題によって解体されたようだけれど果たして。

明日はどちらか - 彼方のアストラ 1~5 (完)

『彼方のアストラ』を完結まで(1~5巻)を一気読み。いい作品を読んだ。 SFサスペンスでもあり漂流譚でもあり青春物語でもあり、謎解きも冒険も恋情も愛情も友情も信頼も笑いもある。これら全部がぎっしり詰まっている。 そのうえ読みやすい。過剰にもならず、小さくまとまりもせず、クライマックスに向けて起伏を超えて進んでいく。続きが気になってしかたがないのに、目の前のページからも何も見落としたくない。そんな贅沢なもどかしさ。 結末も鮮やか。読み終えたあとに表紙を眺めると、さらにこみ上げてくるものがある。 [1話]彼方のアストラ - 篠原健太 | 少年ジャンプ+ から1~3話を読めるので、まずはぜひお試しあれ。 ところで、2019年7月からアニメが放送予定。きっと素晴らしい出来になると期待している。どう翻訳(アダプテーション)されるか楽しみ。

咲いた咲いた - トルコ至宝展、オスマン帝国、オスマン帝国の解体

国立新美術館で開催されている(~5/20)『トルコ至宝展 チューリップの宮殿 トプカプの美』を見てきた。豪華絢爛な宝飾が施された水筒やらチューリップ用の一輪挿し(ラーレ・ダーン)やら日本との輸出された巨大な陶製の壺やら、予想だにしないものが出てきて楽しい。あと、正しくは新月だけれどそのまま表せないから三日月なのだという解説が地味に衝撃だった。 1900年代の物も展示されていて オスマン帝国の栄華を今に伝える至宝約170点が、イスタンブルのトプカプ宮殿博物館から来日! 見どころ|トルコ至宝展 トルコ文化年2019|2019.3.20(水)〜5.20(月)国立新美術館 より というわりに随分と最近に感じられて調べてみたら、オスマン帝国って第一次世界大戦に参加していて1918年に連合国に降伏するまで存在していたのね。頭にターバンを巻いているスレイマン大帝のイメージで止まっていたよ……。〈境界線上のホライゾン〉シリーズにも出ていたということはその頃の日本は戦国時代だな、くらいの雑さだよ……。 というわけで 『オスマン帝国-繁栄と衰亡の600年史』 を読んで、 『オスマン帝国の解体 文化世界と国民国家』 を読んで、 『トルコ現代史 - オスマン帝国崩壊からエルドアンの時代まで』 まで読み始める始末。 『オスマン帝国-繁栄と衰亡の600年史』の「600年」に怖じ気づきかけたけれど、読み始めたらおもしろくて歴史を追いかけてしまっている。「オスマン・トルコ」と聞くし、その側面もなくはないのだけれど、5世紀に渡り存続して最大時にここまで( オスマン帝国の最大領土(1683年) )版図を広げた一大帝国がそんな単純なわけもなく。ちなみに「チューリップ時代」と呼ばれるのは、ごくごく一時期に過ぎない。アフメト3世が大王(スルタン)に在位していた1716〜1730のほんの十数年(数十年ではなくて)。 『オスマン帝国』ではイスラム法(シャリーア)の下でときどきに応じていかにプラクティカルな治政が行われていたか概観できるし、『オスマン帝国の解体』では西洋と戦うために西洋化する過程で近代国家の枠組みはじめ西洋思想も入ってきて、それがオスマン帝国の解体に与えた影響がわかる(気がする)。 トプカプ宮殿のハレム(ギャルゲーの形容によく使われるハーレムはここから)って、最近Fate/G

壊れゆく書の行方 - 書物の破壊の世界史

『書物の破壊の世界史』を読んだ。古今東西、天災/人災、意図的/偶発的、これまでに数え切れないほど繰り返されてきて、今もってなお反復され続けている書物の破壊についての本。 日本でも、 閣僚日程、11府省残さず 17年度から2年分「即日廃棄」も という記事が東京新聞に掲載されている。ほんの1週間前の2019年4月25日朝刊に。いわゆるモリカケ問題のあと、2017年12月に政府が 行政文書の管理に関するガイドライン を改訂したけれど、重要そうな情報が引き続き破棄されているように見える。 この事実を明らかにしたNPO法人「情報公開クリアリングハウス」が出しているニュースを遡ると、 1年未満保存の行政文書の廃棄凍結についての質問に「回答を控える」 大量廃棄再びか? に行き着く。これが2017年10月20日つまりガイドライン改定前。 ガイドラインの「第4 整理 3 保存期間」を読み解いてみる。この手の文書は改版を重ねるものだし参照関係が多いから、構成管理システムに入れてリンク貼って欲しい。2019年の改訂内容がよくわからない。そもそも前の版がちょっと探したくらいじゃ見つからない。保存対象とその期間を定めている(4)~(6)をかいつまんでみると、こうなる。 (4) 歴史公文書等に該当する行政文書は1年以上。 (5) 歴史子文書等に該当しなくても、意思決定過程や事務及び事業の実績の合理的な跡付けや検証に必要となる行政文書も原則1年以上。 (6) (4), (5) に当てはまらない文書は1年未満とできる。該当文書の例は次の7つ。 ① 別途、正本・原本が管理されている行政文書の写し ② 定型的・日常的な業務連絡、日程表等 ③ 出版物や公表物を編集した文書 ④ ○○省の所掌事務に関する事実関係の問合せへの応答 ⑤ 明白な誤り等の客観的な正確性の観点から利用に適さなくなった文書 ⑥ 意思決定の途中段階で作成したもので、当該意思決定に与える影響がないものと して、長期間の保存を要しないと判断される文書 ⑦ 保存期間表において、保存期間を 1 年未満と設定することが適当なものとし て、 業務単位で具体的に定められた文書 即日廃棄はやり過ぎだと断じたいけれど、『書物の破壊の世界史』を読んでいると維持・保管・公開の困難さも感じられる。というか残っている方がまれと