スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

ラベル(ライティング)が付いた投稿を表示しています

言葉の波止場 - 感情ことば選び辞典、ことばの結びつき辞典、しおりシール

このブログを書くのに、「ことば選び辞典」シリーズの『感情ことば選び辞典』と『ことばの結びつき辞典』を使い始めた。その感触と使いやすくするための一手間の話。 簡単に言うと、 どちらもコンパクトで使いやすい。 欲を言えばもう少し薄い紙を使って、サイズを保ちつつ収録語数を増やして、なおかつ見開きで置けるようにして欲しかった。 見開きで置けないのは、 無印良品のしおりシール で解消できた。 ということをつらつらと。 ■ 『感情ことば選び』は、タイトルから想像できるとおり、感情を表す言葉の辞典。たとえば、「おもしろい」という見出しを引くとする。該当箇所を見ると「関心」や「興味」のような熟語とその意味が並んでいる。そのあとに、カタカナ表現とやわらかな表現の一覧もある。ただし、こちらは語句だけ。あと、見出し語によってはこのあと相互参照もついている。 10年くらいブログを書いているのでとうに貧しい語彙を使い果たしているだろうし、たとえ言葉が出てきても「以前にこの言葉を使ったときはもうちょっと違った気分だったような」と思うことがあるので、ここはひとつ辞典を引こうと思った次第。自分でも、ようやくか、と思う。オンラインの類語辞典に物足りなさを感じていたところに本屋でこれを見かけて、買って帰ってきた。 ところで、感情を表す言葉を眺めていると「感情の方が言葉に引きずられることもありそうだ」とか「ひとつの言葉にいろいろな感情を託していると言葉の輪郭が曖昧になりながら広がるのだろうか」とか、「その侵攻から逃れるために『とうとみ』や『わかりみ』のような新しい使い方が生み出されるのだろうか」とか、文脈とちっとも関係のない思考が浮かんでは消えていく。 今もこうして辞典そのものの話から逸れ続けているわけで。 ■ 無理矢理にでも話を戻すために2冊目へ。 ■ 『ことばの結びつき辞典』はコロケーション辞典。「的」は「得る」じゃなくて「射る」もの、みたいな定型句の確認に、と思って。あと、逆引き索引が巻末に付されているのも便利。「理に適う」だか「道理に適う」だったかみたいな疑問にも答えてくれる(どちらもあった)。 だいたい検索すると解説が見つかるし、それ以前に検索語としてサジェストされているのを見て思い出したりするのだけれど、解説は長過ぎることが多いしサジェストは誤用が...

文章推敲とテスト設計 - 数学文章作法 推敲編

『数学文章作法 推敲編』を読んだ。『数学文章作法 基礎編』の続き。 読み始める前、 「これはテスト項目作成時の参考になる」というツイート を見かけて理由を想像できなかった。けれど、読み終えた今は納得している。確かに役に立つ。 テスト設計との関連が特に強いのは『4.4 言外の意味』。本書でいう「言外の意味」は、「文字としては書かれていないのに、自然と心に浮かんでくる意味」のことで、「自然に浮かぶ疑問」、「可能性の雲」、「暗黙の主張」と言い換えてもよいかもしれない、と書かれている。 テスト設計の第一歩は、この「言外の意味」をテストベースから見つけ出すことだ。「自然に浮かぶ疑問」からテストケースの事前条件を設計できるし、「可能性の雲」や「暗黙の主張」がテストケースの期待結果になったりする。例えば『「場合」に注意』の例が、そのままテスト設計の例としても読める。 こうして振り返った今だと、本書がテスト設計にも役立つのがそんなに不思議でないように思う。もともと「文章を指導・添削する人」も読者として想定されて書かれているのだから、設計書という文章の曖昧な記述に着目するテスト設計にも応用が効くのは自然だ。

Listen, Read, Write and Rewrite

『名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方』を読んだ。名作コピーが名作たる所以の解説を通して、文章が読まれる条件についてエッセイ風に書き記されている。 気の持ちように関する話が多かった。そのせいか、全体的な雰囲気が 『パワープレゼンテーション』 が似ているように感じる。ただ、この本には、体系立てられたフレームワークも、即効性のあるTIPSもほとんど書かれていない。 精神論のようで食わず嫌いになりかけたけれど、一歩立ち止まって考えてみる。その気の持ちようを、文章からどう読み取ってもらうかがテクニックなんじゃないか? と。人を動かすのは、客観的な事実より主観的な物語だ。自分は、どちらかという事実を重視する方で、コピーを読む時はかなり割り引く。それでも、動かされるのは物語だ。少なくとも、事実を確かめようという動きだすキッカケは、物語に揺さぶられた感情だと思う。 ここからは、コピーに特徴的な話。 コピーとプレゼンテーションなどとの最大の違いは、そこに載っている気持ちの出所だと思う。プレゼンテーションでは気持ちの出所も自分だけれど、コピーライターの場合それはクライアントになる。そのことを端的に現しているのが、「第三部 話の見つけ方」の最初の章タイトル「書き上手になろうと思うな 聞き上手になれ」。 『たのしいロゴづくり』 の4章を連想した。ロゴづくりでも、いかにクライアントから話を引き出すかが重要になる。 『アジャイルサムライ』 でいうところの期待マネジメントにも通じそう。 もう一つ、コピーで特に重要になるのは、他のコピーとの差別化の話。確かに、他と同じでは読まれないように思う。差別化のためには、自分の気持ちより、読者より、さらに外にある言葉にまで目を向けないといけない。どんなに気持ちが載った言葉でも、読者が色んな文章の中で見かけていたら、色褪せてしまう。だから、想定読者がどんな文章を読んでいるか、とか自分の書いた文章の隣にはどんな文章が並んでいるか、も考える必要が出てくる。 コピーは感覚的なものと思っていたけれど、体系的とまでは言えなくともツボはあるらしい。それが分かって、少し視点が広がったような。

近さが継続に、継続が力に

『数学文章作法 基礎編』を読んだ。 この本の主題は「読みやすい文章の書き方」。タイトルには「数学文章」とあるけれど、文章一般に応用できる内容だと思う。自分はソフトウェアのマニュアルやチュートリアルを書くのに応用したいと考えている。ただ、例として使われているのが、数学に関する文章だから、「数学の文章題なんて見るのも嫌」なんて人には読みにくそう。 これまで読んできた同じテーマの本と比べて、この本は、ずっと身近に感じられる。200ページ足らずの文庫という薄くて小さいフォーマットだから、簡単に持ち歩ける。語り口も柔らかく、親しみやすい。それでいて、エッセンスは十分に詰まっているように思う。参考文献の 『理科系の作文技術』 も約250ページの新書とコンパクトだけれど、こちらは論文の執筆を扱っているからか、やや堅い。 これだけ身近だと、このエントリィのようなちょっとした文章を書くときにも、気軽に参照することができる。読みやすい文章を書く癖をつけるためには、学んだことに気をつけながら書くことを繰り返す必要があると考えているのだけれど、よく面倒がって考えなしに書いてしまっていた。そんなケースを減らせそう。 書くときに気をつける回数を増やしていこう。癖になってくれば、そんなには気をつけなくてもできるようになってくるはず。

読んでも書けない

『分かりやすい日本語の作文技術 大活字版』 を読んだ。 本書には 文庫版 も 新装版 もあるけれど、待たずに図書館から借りられた大活字版を選んだ。 中身には大きな違いはないだろうから、すぐに無料で読めるならそれでいい。 読み終えた今、なんで読んだんだろう?と自分の行動に疑問を抱いている。 やらないといけないのは、読むことではなくて書くことだ。 10ヶ月前 から進歩がない。 目的は伝わりやすい文章を書けるようになることであって、作文技術の本を読むことではない。 下手なりに書いて、本書にあるような観点でセルフレビューして、悪い癖を矯正していかないと、いつまでも経っても改善できない。

独我論の世界

『Web情報アーキテクチャ』 を読んだ。 誤植が気になったけれど、内容はユニークで良かったと思う。 誤植については出版社に連絡したので、今後訂正が入ると期待して、その内容について簡単に紹介する。 本書のテーマ「情報アーキテクチャ」を一言で説明すると、「情報の見つけやすさ」だろう。 ユーザに見つけて貰えないものは、ユーザにとって存在しないも同然である。 一口に「見つけやすさ」と言っても、どんな情報ニーズに対する「見つけやすさ」かで、対策は異なる。 本書によると、情報ニーズには次の3種類があるそうだ。 「既知情報探索 (known-item seeking)」: 特定の情報を目的とした探索。 「探求探索 (exploratory seeking)」:事前には不明確だが見たらそれと分かる情報の探索。 「全数探索 (exhaustive research)」:特定のテーマに関する全ての情報の探索。 3種類のニーズ全てについて見つけ易いようにするのが「情報アーキテクチャ」の設計ということらしい。 その「情報アーキテクチャ」は、次の4種類の要素から成る。 「組織化」:構造化、階層化、分類と言い換えてもいいと思う。原著では何と表記されていたのだろう。 「ラベリング」:ラベルから期待する内容とコンテンツとが食い違うとコンテンツの質とは無関係に満不満に感じることがある。 「ナビゲーション」:メニューやサイトマップのこと。 「検索」:キーワードが分かっている場合、これがないともどかしい。 本書では各要素についてそれぞれ1章を割いている。 加えて、この4要素をつなぐ「シソーラス、制限語彙、メタデータ」にも1章を割かれている。 コンテンツ中の語彙を一貫させながら、ユーザの語彙を受け入れるために必要ということだ。 本書が面白いのは、これだけ――つまり、「情報アーキテクチャ」の内容紹介だけで終わらないところだと思う。 この後、これらの要素を作るためのプロセス、企業内での組織的展開のためのフレームワーク、事例研究と続く。 こうして振り返るときちんと組織化されていたのだなぁ、と思う。 スコープが広いせいか自分の記憶力が不足しているせいか、読んでいる間は内容が頭に入ってこなかった。 あるいは後半の内容に対する自分の関心が薄いのも一因かも...

で何の話だったのか

『アンビエント・ファインダビリティ』 を読んだ。 世の中には「アバウトネス(何についての情報か)」がない情報が多いことに気がつく。 少なくとも軽視されていることが多い。 このブログのデザインもそうだった。 アバウトネスの一つであるラベルが本文より下にあった。 こんなところにあっても役に立たないだろう、と思い、タイトル下に移動させてみた。 軽視されているのは、予備知識やその場の環境など、間接的な情報を参照すれば事足りることが多いからだろう。 こういう考え方が広まって、目にする情報がもっと見やすくなったらいいな、と思う。

言葉を失う

『考える技術・書く技術』 を読んだ。 読み手によい物語を伝えようとすれば、その物語とは読み手がすでに知っているもの、または、十分な情報を与えられていれば、当然知っていると思ってさしつかえないものとなります。 ここで紹介しているのは、自分の考えを他人に受け入れさせるための技術である。 技術なので、手段である。目的は、他人を変えることだ。 イノベーションは社会を変革するものですが、社会に受け入れられるにはまず、既存の価値観と整合性をとる必要があるのです。 『イノベーションの神話』 頭では分かる。 けれど、自分が読みたいと感じるのは、読んで良かったと感じるのは、自分の知らないことだ。 読んだ本は読んでない本よりずっと価値が下がる。蔵書は、懐と住宅ローンの金利と不動産市況が許す限り、自分の知らないことを詰め込んでおくべきだ。(中略)実際、ものを知れば知るほどよんでない本は増えていく。 『ブラック・スワン[上]』 知っていることをいくらインプットしたって、考えが偏るばかりだと思っている。 また、血液型人間学を信じていれば、それに合致した行動だけが記憶に残り、それ以外の行動は忘れてしまうという確証バイアスもある。 『「心理テスト」はウソでした。』 さらに言えば、分かりやすい文には他意を感じる。 有り体に言えば、プロパガンダではないかと疑ってしまう。 人々のしたがうべき価値の妥当性を、人々に受け入れさせる最も有効な方法は、人々または少なくともそのなかの最も善良なものが常に抱いていて、しかもこれまで適当に理解されず、また認められなかった価値と実質的に同じものであると説得することである。 『隷従への道―全体主義と自由』 だから、自分の中には、分かりやすいものは間違っているというヒューリスティックさえ存在する。 正しいことが分かりやすければ、身の回りにもっと分かりやすくて正しいものがあるはずだ、と思う。 分かりやすいことと正しいことは、決定的に違う。 正しさとわかりやすさを取り違えてはいけない。 『まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか 多分、身の回りにあるのは、正しさとは関係なく分かりやすいものだろう。 分かりにくいものは、受け入れられないからだ。 たとえば、エイモス・トバースキーとダニエル・カーネマンによれば、人びとは、自分に理解できない...

ロジカル・シンキングはロジカルか?

ロジカルを論理的と理解しているので、ロジカル・シンキングという名前から、論理的に考えることを想像する。 自分は「論理的」という言葉から、数理論理学で学ぶような極めて厳密な体系を想像する。 しかし、ロジカル・シンキングはそこまで厳密ではない。 むしろ、主眼は理解されやすいストーリィを作ることにある。 ロジカル・シンキングというより、Narrative Thinkingだと思う。 このことに気がつくのに随分と時間がかかった。 字面から受け取った最初の印象から、なかなか抜け出せなかったということだと思う。

文章とソースコード

『ロジカル・ライティング』 を読んだ。 自分の文章を改善するには、訓練だと意識しながら書き続ける必要があると思っている。参考書を読んだだけでは、改善されない。 Mirror House Annex: 紺屋の白袴 で書いたときから考えは変わっていない。 それでも本書を読んだのは、「避けたいありがちな例」が記載されているからだ。 実際、自分も見事に例通りの文章を書いていることがままあった。まだこれからもたびたびあるだろう。 自分としてはきちんと書いたつもりの文章に、レビュアーから書けていないと指摘されることがままあったけれど、そういうことだったのか、とようやく得心した。 そう言えば、プログラムを作り始めた頃も、きちんと書いた(つもりの)ソースコードに、コンパイラにエラーを指摘されては、理解できず混乱していたっけ。

紺屋の白袴

人に伝わる文章を書く必要性に迫られて、 『エンジニアのための文章術再入門講座』 を読んでいる。 本書を選んだのは、筆者がITProで連載している 『ひとつ上のヒューマンマネジメント』 の『10年後も通用する文章術』が読みやすかったからだ。 もちろん読んでいるだけで、自分の書く文章が改善されるとは思っていない。 実際に文章を書きながら、地道に改善を目指すつもり。 特に文章の構造を改善したい。詳細と概要のバランスが悪いとよく指摘される。 本書の良いところは、練習問題が付いているところだと思う。 練習問題とその解答が、自分の酷い文章を改善する際の具体的な指針として利用できる。 ちなみに、その成果が見え始めるのは「早くて3ヶ月」だそうだ。 7月中旬には改善の兆しが見えるように、書いては見直すことを繰り返したい。 ところで、誤植が目立ったのが気になった。4~5ヶ所はあったと記憶している( 出版社の公開している正誤表 を見ると、現時点で17ヶ所見つかっている)。 この点だけは残念だ。文章術の本なのだから、有言実行して欲しかった。