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11月, 2017の投稿を表示しています

魔王城の有情 - 魔王城殺人事件

『魔王城殺人事件: ~もしRPGの世界で殺人事件が起こったら。②~』を読んだ。 『天空城殺人事件』 の続き。 前作同様、吹雪の山荘ものかと思ったらそうでもなかった。登場人物が増えたり、事件現場の位置関係が複雑になったり、視点が何度も変わったりで、ちょっと目まぐるしかった。 でも、落ち着いて振り返ってみると、本作もRPGのシステムが前提となっていて、なるほどと唸らされる。 あと、前作に引き続き、締め方が好み。

Adjast/Adjacent - 隣接界

SF小説『隣接界』を読んだ。 著者がこれまで描いてきたモチーフの、オールスター戦だった。航空機、双生児、奇術師などなど。 夢幻諸島 ( ドリーム・アーキペラゴ ) にも言及がある。心憎い。 そういう過去作への視線をさておいても、今回も不可思議な魅力に満ち満ちている。本作も妄想を逞しくしてくれる。各章の関係を考え出すと、とりとめが無くなって、キリがなくなる。 あと、言葉遊びが多そうな感じなので、原著ですらすらと読めたらなぁと思う。

No.1 - マイティ・ソー バトルロイヤル

『マイティ・ソー バトルロイヤル』(原題 "Thor: Ragnarok")を観てきた。 『マイティ・ソー』 、 『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』 に続く〈マイティ・ソー〉シリーズの第3作であると同時に、MCU (Marvel Cinematic Universe) を構成する作品の1つでもある。MCU作品の中では、 『アベンジャーズ』 を観ておくと、より笑えると思う。 そう、笑えるんよ、本作は。前作も笑い所があったけれど、これまで以上に。コメディ映画と言っても差し支えないくらい。それくらい笑わせて貰った。特にロキ。これまでも十分にかわいかったけれど、勝るとも劣らないかわいさ。シリーズ最高。ソーキュート!! (ソーじゃなくてロキだけれど) だって、監督が 『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』 の主演・監督・脚本のタイカ・ワイティティだよ? 悲哀に満ちつつも、愉快な笑いを提供してくれたタイカ・ワイティティだよ? 期待を裏切らないどころか、軽く超えていってくれた1作だった。 繰り返されるのが、ソーとロキがものを投げあうシーン。脅したり、投げ合ったりと、その変遷がおもしろい。ロキが好きな方はぜひ追いかけて欲しい。ロキのトリックスター性をうまく利用して、ソーとの距離感を描いているように思う。 ほんとロキとソーが素敵で、ロキが楽しそうで楽しそうでこの上なく最高だった。

J and K - ブレードランナー2049

『ブレードランナー2049』(原題 "Blade Runner 2049") を観た。 前作 『ブレードランナー』 、 前日譚『ブラックアウト 2022』、『2036:ネクサス・ドーン』、『2048:ノーウェア・トゥ・ラン』 を観ておいたので、つながりが見えて楽しかった。 でも、あくまで主役はK。前作とのつながりもあるけれど、距離感が絶妙。明に暗に前作から連続しつつも、K個人の物語だった。 以下、ネタバレを含む感想。観賞済みの方向け。 続きを読む。 彼の喪失の物語だった。順を追って記すと、 特別な子供 だと自覚して、テスト (おそらくVKテストの後継) をパスできなくなる。つまり、ブレードランナーを務めるレプリカントという社会的な立場を失う。 彼を追うレプリカント・ラヴに、AI・ジョイの唯一の記録媒体を破壊され、パートナーを失う。 ある事実 を知り、特別な子供だという自覚も失う。 最後には降りしきる雪の中で意識を失う。 一つ気になっているのがジョイの存在。 Kとともに暮らし、そこから学習したジョイはただ一人だ。でも、同時に市販されている多数のジョイの1インスタンスに過ぎない。ややこしいので、このあとはKと暮らしたジョイを〈ジョイ〉と書く。 〈ジョイ〉を失った後、ジョイの広告と向き合うシーンがある。予告編でも流れている、水色の髪をした女性の巨大なホログラムが出てくるあのシーン。 このシーンをどう捉えたものか悩んでいる。 最初は失った〈ジョイ〉の唯一性を際立たせていると思った。鮮やかな色彩に彩られたジョイは、〈ジョイ〉とは対称的だ。 一方で、全編を「喪失の物語」だと捉えると、それでは生温い。広告のビジュアルではなく、キャッチコピーを軸に据えると、〈ジョイ〉はKの願望の反映でしかなかったと知らしめているともとれる。 そう捉えて、Kは〈ジョイ〉を二度失ったことになる。まず記録媒体を破壊されて〈ジョイ〉との未来を失い、次いでキャッチコピーで〈ジョイ〉との過去も意味を失っている。 最期に親子を再会させた彼は、何を胸に抱いていたのだろうか。 物語としては後者の方が美しいけれど、心情的には前者であって欲しい。複雑で切実。 感想は以上。以下は覚書。調べればすぐ分かる公開情報。 前作監督リドリー・ス

the future is where - 〈映画の見方〉がわかる本 ブレードランナーの未来世紀

『〈映画の見方〉がわかる本 ブレードランナーの未来世紀』を半分ほど読んだ。正確にいうと、全8章のうち、評論対象の映画を観たことがある次の4章を読んだ。 第2章 ジョー・ダンテ『グレムリン』テレビの国から来たアナーキスト 第3章 ジェームズ・キャメロン『ターミネーター』猛き聖母に捧ぐ 第7章 ポール・ヴァーホーヴェン『ロボコップ』パッション・オブ・アンチ・クライスト 第8章 リドリー・スコット『ブレードランナー』ポストモダンの荒野の決闘者 複数の偶然が重なって、第8章を目当てに読んだのだけれど、一番おもしろかったのは第7章だった。予期しなかった分、下駄を履かせているかもしれないけれど。 🎬 複数の偶然というのは、これくらいの偶然。 『ブレード・ランナー2049』が公開された10/27 (金) 直後の週末に、 東京から名古屋・大阪へと出かける予定だったので観に行けず、 その隙に、泊まった先で予習的に『ブレードランナー』を観た後、 移動中に読もうと思っていた本 [1] を往路で読み終えてしまって帰り道どうしようかと思っていたところ、 Twitterで『ブレード・ランナー2049』公開に合わせて本書が文庫化されていると知り、 本屋でちょっとした空き時間を潰していたら、ちょうど面陳列されていたのに気がついて購入して、 帰りの新幹線が悪天候で遅延して、十分な読書時間が発生した。 🎬 第8章がおもしろくないと感じたのは、締め方が原因だと思う。最後の節「新しい夢を」で、こんな風に書かれている。 『ブレードランナー』以降、映画に登場する未来はみんな『ブレードランナー』になってしまった。 未来都市だけでなく、すべてのハリウッド映画がポストモダン建築のように過去の映画の寄せ集めになってしまった。 それは映画に限ったことではなく、音楽、美術、文学、どれもコラージュ、パスティーシュ、サンプリング、シミュレーションばかり。本当に「革新的」で「革命的」なものは生まれなくなった。あまりにも多くのものがすでに作られてしまった。 引用元:〈映画の見方〉がわかる本 ブレードランナーの未来世紀 けれど、それを言ったら『ブレードランナー』以前からそうじゃなかろうか。脚本は(大幅に改変されているとは言え)原作小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』が存在するし、ビジュア

memoryの森 - ブレードランナー

『ブレードランナー』(原題: "Blade Runner") を観た。 複数バージョンがある中、自分が観たのは「ファイナル・カット」バージョン。旅行中にiPadで観ようと思ったため、他に選択肢が無かった。あったとしても、これを観た可能性が高いけれど。最新バージョンなので。 あとは「ブレード・ランナー」を復習しておこう。 引用元: Mirror House Annex: 浅き夢見し - ブレード・ランナー 2022, 2036, 2048 というわけで観始めたので、義務感が邪魔をして素直に楽しめた。1982年公開とは思えない映像が繰り広げられていて、カルト的人気を誇るのも肯ける。 後の多くの作品に強い影響を与えたとされる世界観もさることながら、レプリカントのリーダー・バッティが魅力的だった。終盤、主人公デッカードを追い詰めていくシーンでは、デッカードより彼を応援していたくらい。 問題は、この作品を「いつかは思い出せないけれど観ているはず」という記憶がある一方で、内容に関する記憶が皆無なこと。どのシーンも全然既視感がない。もしかしたら、どこかで紹介されているのを読んで観たつもりになっていただけなのかもしれない。 もしかしたら、「観たことがある」という記憶だけがインストールされて、「観た内容」はインストールされていないのかもしれない。そう考えるのもこの作品らしくておもしろい(いや、やっぱり恐いな)。

imaginary solution - ペガサスの解は虚栄か?

『ペガサスの解は虚栄か?』を読んだ。本作でWシリーズは7作目。10作くらいは続くそうなので [1] 、仮に10作で終わるとしたら終盤に差し掛かったあたりか。 このあと帯の惹句と多少の内容に触れる。 帯で思いっきりネタバレされてる 引用元: 『バーナード嬢曰く。③』「40冊目」 とまでは思わないけれど、歩鳥なみ [2] にネタバレを避けたい人もいるだろうから、構わない人だけどうぞ。 続きを読む 帯にはこうある。ネタバレしているとまでは言わないけれど、謎が何なのかは明かされているので、少しだけ興が削がれてしまう。 その子は、いったい誰の子供なのか。 引用元: 『ペガサスの解は虚栄か?』の帯 それはさておき。 昼ドラあるいはソープオペラで描かれるような愛憎劇を連想するけれど、本作が描く世界では、より大きな意味を持っている。というのも、人類の大半が不老不死を得た代わりに、生殖能力を失っている。この問題が、人類の停滞を打破する鍵となるかもしれない。 子供を宿せるウォーカロンを製造できたら、その技術がもたらす影響の大きさは計り知れない。人類の停滞を打破する鍵となる。一方で、ウォーカロンどうしで子供を作れたら、製造元の手から離れられるので、反乱を引き起こすかもしれないと危惧する人も出てくるだろう。 でも、そんな危惧もあっさり解体される。ウォーカロンではなくて、人工知能の話だけれど、ハギリ博士はこんな風に言う。 「補うために作ったものが、補う欠陥よりも余剰になってしまうと、どうなるだろう? おそらく、人工知能は、人間に欠陥を求めるようになるんじゃないかな、本能的に」 引用元: 『ペガサスの解は虚栄か?』 〈境界線上のホライゾン〉シリーズ に出てくる自動人形のことを思い出す。自動人形も人に尽くす本能を備えている。 被造物が造物主を裏切るとは限らない。というか、普通そう作るよなあ。素直に考えたら。どうしてそういう物語が多いのだろう? と考えてみようかとも思ったけれど、神学論争になりそうなのでこの辺りで。 [1] 浮遊工作室 (ミステリィ制作部) [2] 『それでも町は廻っている 7』第54話「がっかりなカード」で推薦文で先入観を持たないように目をそらしながら帯を外している

短刀か鎚か食い物 - 銀狼ブラッドボーン(6)

『銀狼ブラッドボーン(6)』を読んだ。 この巻はバトル巻だった。 ハンスが戦線復帰したり、ゲイルがその能力を発揮したりと、ヴァーピット家が魅せてくれた。やっぱりハンス、かっこいいなあ。 かと思えば、秋水にもココウィルにも見せ場があって、非常に前のめりな展開。 話はほとんど進んでいないけれど、まさに反撃を開始した感がある。

kirishiman riot - 僕のヒーローアカデミア16

『僕のヒーローアカデミア 16』を読んだ。 ここ最近、切島が格好良過ぎでは。この間の烈怒頼雄斗がピークだと思ったら!! いつものことながら、トガちゃんの艶っぽさが堪らない。 と、個々のキャラは立っているけれど、大きな話は進まないのがもどかしい。

飲ませてよ、もう少しだけ - のみじょし4

『のみじょし 4』を読んだ。 みっちゃんが他人に思えない。今回も肯くことしきり。 飲みたくなるのは「スキあらば常に!」 プリン体が少なくて糖質0だからって、ハイボールを飲み過ぎる。 バーナーを買ったら「うっかり」が恐い(酔っ払ったままスルメを炙ろうとして――) [1] 。 残念ながら、彼女のいいところはちっとも似ていないのだけれど(つまりただ単にダメな酔っ払いである)。 ところでお酒が美味しそうなのはもちろん、ご飯も美味しそうなので、うっかり夜中に読み始めると非常に危険だ。 あー寒ブリ食べたいっ!! もちろん日本酒をいただきながら。 よし、飲み会だ!! [2] 乾杯!! [1] 実際、コンロでスルメを炙ろうとして火傷しそうになったりしたことがある。危ない。 [2] RHYMESTERの『梯子酒』が脳内再生された。

wassup? wassup? - キルミーベイベー9

「『キルミーベイベー9』を読んだよ」 「どうでした?」 「今回もキルミーだった」 「何か言うことないんですか?」 「今更じゃない?」 「それはそうかもしれませんが」 「しかしなんなんだろうね、この中毒性は。マンガもそうだけれどアニメもそう。Amazon Prime Videoでの配信が再開したから、全部観ちゃったよ」

how to achieve the archive - アーカイヴの病

『アーカイヴの病』を再読した。 『MOTサテライト 2017秋 むすぶ風景』で、記憶や歴史をテーマにしたアートを観ていたら、アーカイヴと似て非なるところがモヤモヤして、 『アーカイヴの病』 、読み返そうかな。 引用元: Mirror House Annex: AR(T|CHIVE) - MOTサテライト 2017秋 むすぶ風景 と思ったので。前半はそのモヤモヤの話。後半は『MOTサテライトから』離れて、〈悪 = 病のアーカイヴ〉について。 📕 前半はアーカイヴに似たアートに対するモヤモヤの話。 根本的には、アーカイヴ的なアートよりアーカイヴの方に思い入れがある自分の性質に由来している気がするけれど、それは棚に上げておいて。 モヤモヤの最大の原因は、記憶や歴史を素材にしているのに、一時的で即時的だったことだと思う。これまで省みられなかった記憶や歴史が掘り起こされ、作品という形に加工されて、会期中は何かのメッセージを込められて、そして会期が終わるとともに再び埋葬される。そこに酷い暴力を感じてしまう。 これがアーカイヴなら、それらの記憶や歴史は、いつかのその時のために反復され得るという希望があるのに。そう思ってしまう。 記載の場所のない、反復の技術のない、何らかの外在性のないアーカイヴは存在しない。 引用元: 『アーカイヴの病』 アーカイヴは、それが何を意味するだろうかをわれわれが知りたくても、われわれはそれを、来たるべき時においてしか知らないだろう、おそらく。明日にではないが、来たるべき時に、もうすぐか、それともおそらく決してないか。 引用元: 『アーカイヴの病』 今現在における意味を与えられたと思ったら、未来に向けてアーカイヴされるわけでもなく、ほどなく再び過去にされてしまうというのは、残酷過ぎやしないだろうか。 📕 後半。〈悪=病のアーカイヴ〉について。『アーカイヴの病』ではなくて、〈病のアーカイヴ〉。これは、本編ではなくて原語版の折り込み栞に書いてある著者による紹介に出てくる言葉。日本語版には折り込み栞は挟まれていないけれど、紹介文は訳者あとがきに訳出されている。 〈悪=病のアーカイヴ〉がどんなものか、次に引用する。 この千年紀の終わりを跡づける災厄は、 悪 = 病のアーカイブ 〔archives du mal〕でもある

One more cup of - 珈琲の世界史

『珈琲の世界史』を読んだ。 『コーヒーの科学』 と同じ方が書いた本。 続編というよりは、姉妹編とでも言えばいいのかな。『コーヒーの科学』の草稿にはあったけれど大幅にカットされたコーヒーの歴史について、まるまる1冊を費やしたのが本書になる。 本書は(ページ数を減らすため、草稿を大幅にカットはしましたが)これまでに私が得た知識の集大成の一つです。 引用元: 『コーヒーの科学』「おわりに」 ただ、じつはこの「コーヒーの歴史」の章、草稿段階では相当な文章量だったのですが、理系的な話を中心にするために大幅に削ることになり、泣く泣く栽培史と技術史だけに絞り込んだという「裏事情」があります(ブルーバックスですから、仕方ありません)。 引用元: 『珈琲の世界史』「はじめに」 『コーヒーの科学』を読んで、 なお、「草稿を大幅にカット」してこれらしい。草稿読んでみたいなぁ……。 引用元: Mirror House Annex: &シガレッツ - コーヒーの科学 と思っていたので、希望が叶ってありがたい。 話の中心が科学から歴史へと移ったけれど、濃さは変わらず。長ーーーーーい歴史が、1冊の新書に圧縮されている。「1章 コーヒー前史」ではコーヒーノキのルーツを探って、約1440万年前まで遡る。もちろんまだ人類は生まれていない。人類のルーツである猿人が生まれたのが約700万年前だ。そして、「終章 コーヒー新世紀の到来」では、サードウェーブの話題までカバーしている。耳にするようになったのは、ブルーボトルが日本に出店した2015年からなので、ほんのここ数年の話。 印象的だった話を3つだけ抽出してみる(挙げ出すと終わらない)。 まず、サードウェーブが何なのかよくわかっていなかったので、本書を読んでようやくスッキリしたのが嬉しい。科学用語と違って、こういうコピーの類には厳密な定義がないから、こうやって歴史――由来や使われ方から入った方が飲み込みやすい。 それから、イギリスとアメリカの歴史。紅茶のイメージが強いイギリスだけれど、お茶が伝わる前の17世紀はコーヒーの国だっとか、そこから18世紀後半に紅茶の国になった経緯とか、そのイギリスの植民地だったアメリカがなぜ今はコーヒー大国なのかとか [1] 、気になるトピックが盛りだくさんだった。 最後に、本好きなので、コ