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偏執edition - 天久鷹央の推理カルテIII

天久鷹央の推理カルテIII―密室のパラノイア―(新潮文庫) 天久鷹央の推理カルテ(新潮文庫)『天久鷹央の推理カルテIII―密室のパラノイア―』を読んだ。

ざっくりいうと、天久先生と小鳥遊先生と関係に雨が降って地が固まった。天久先生は、他人との遣り取りに免疫がついただろうか。彼女は(天才医師を相手におこがましい話だ)かわらしく見えるけれど、小鳥遊先生を媒介に周囲とやっていけるようになる前は、相当に生き辛かっただろうなぁ。

そうそう『神酒クリニックで乾杯を』に出ていた桜井刑事がこちらにも登場していた。そのうちクロスオーバーするのか、それともこういう薄い接点だけに留まるのか。

次は長篇『スフィアの死天使―天久鷹央の事件カルテ―』。ナンバリングを止めたのか思ったけれど、さらにその次の短篇集『天久鷹央の推理カルテIV―悲恋のシンドローム―』が出ている。タイトルや長篇/短篇集の形式の差異を鑑みるに、短篇集は「推理カルテ」で長篇は「事件カルテ」で、それぞれナンバリングされていくのかな。

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