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Looks of Unread Books (3)

昨日は脱線したけれど、山形浩生さんの訳本は面白そうだなぁ」

「何冊も読んでますね」
「意識していなかったけれど、こんなに読んでいたのか。
で、その山形浩生さんが推薦している『のめりこませる技術 ─誰が物語を操るのか』も面白そうだったよ」

「物語の影響力については、ずっと興味を持っていますよね。通説・風説・ウソ・プロパガンダ・統計・意思決定に関する本自分の感想などのまとめの1セクションにまとまるくらい」

「『通説に翻弄される物語』のセクションやね」

「これを読むと、双司君は物語に対して批判的なスタンスですね」

「濫用されている劇薬だと思っている。物事を動かすには必要。ビジネス書にもよくその効果が謳われている」
「それに、エンターテインメントとしての物語は好きだよ。実際、ディズニー映画なんて夢物語を観たりするわけで」
「でも、濫用されていると思っているから、表に出す意見は批判的なのが多くなっているのかと」

「どういうことですか?」

「『物語』はあくまで『物語』であって、『現実』じゃない。大きなギャップがあって、『現実』になり得ない絵空事である可能性さえある。『現実』にできるにしても、それにはきっと長い時間と地道な実行が必要だと思う」

「少なくともそんなに簡単に叶ったりはしないでしょうね」

「でも、『物語は必ず叶うし、それは簡単なことですよ』っていう『メタ物語』が溢れている。そんな実現不能な『物語』に捕らわれるのは、『現実』問題として不幸だと思う。だから、『たった2分で、道は開ける。』なんてタイトルを見ると、いや読むのに2分以上かかるだろ、とツッコミを入れたくなるし、『きみがモテれば、社会は変わる。』なんてタイトルをみると、その物語は『〈リア充〉幻想―真実があるということの思い込み』が否定している共同幻想そのものじゃないかな、と水を差したくなる」

「どちらのタイトルも、『。』で終わっているのが、面白いですね。モーニング娘。を思い出します」

「アイドルも感情労働として大変そうだよなぁ。というわけで、『「やりたい仕事」病』みたいなタイトルの方が受け入れやすい。『偶キャリ。』と内容が似ていそうだと思って、買わなかったけれど。ってこれもタイトルが『。』で終わってる」

「偶然ですね」

「『。』で終わらせるの、流行ってるのか。ともあれ、実現とか維持が困難な『物語』を唯一のゴールにしてしまうと、追い詰められちゃうと思う。『自分の仕事をつくる』や、『ひきこもりの〈ゴール〉』とかのように色んな物語があると思うだけれど、そういうのってあまり表に出てこない。むしろ『採用基準』なんてド直球のタイトルの本が山積みになっていて、『正社員』という『物語』の強力さを思い知る」

「そういう意味では、双司君がディズニー映画を観るの不思議ですね。最後が定型的なハッピーエンドなので、拒否しそうなものなのに」

「ディズニーは完全に物語として距離を置いて観られるからかなぁ。現実を物語を塗り潰そうとしている、なんて感じると拒否反応が。
その点、最初に挙げた『のめりこませる技術』もディズニーに批判的なんだよね、きっと」

「おー、読んでない本について言いますねー」

出版社の紹介ページを見ると、最後の『第13章 崩壊しない世界の創り方』の最初の節が『W・ディズニーとP・K・ディックの確執』で、P・K・ディックからこんな言葉が寄せられているんだから。自分を批判している本にコメントを寄せるなんて、普通はしない」
2日後に崩壊しない世界を作り出すことが私の仕事だ。
──フィリップ・K・ディック
「よく見つけてきますね」

「とまぁ、『現実とは? 物語とは?』なんて哲学的な雰囲気になって参りましたが」

「が?」

「哲学のコーナーで『人生で大切なことはすべて哲学と彼女が教えてくれた。』なんて本を見かけたよ」

「ライトノベルみたいなタイトルですね」

「そしてこの紹介文」
ソクラテス、プラトン、アリストテレス、古代ギリシアの大哲学者が3姉妹になって現代に降臨!
人生で大切なことはすべて哲学と彼女が教えてくれた。
内容(「BOOK」データベースより)
「戦国武将だけでは飽き足らず、古代ギリシャの哲学者まで」

「プラトンが男色だったことを考えると感慨深いな」

「あ、これも『。』でタイトルが終わっています」

「#タイトルの最後に「。」をつけると○○」

「ハッシュタグですか」

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