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ソラとウミ

華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)SF小説『華竜の宮』を読んだ。

本書の舞台は25世紀。自然災害が原因で、陸地の大半は水没している。災害の詳細は、最初は災害パニックものかと思うくらい、序盤で詳しく語られるのでここでは触れない。

描かれる世界は、何と言うかとても現実的。激変した環境で限られた資源を奪い合うディストピアでもなければ、万能化した科学技術で豊かに暮らすユートピアでもない。

例えば、人類は陸地に残り続けた陸上民と海に出て行った海上民とに分かれていて、お互いに確執があるのだけれど、決定的な戦争行為には至っていない。両者を経済的に仲介するダックウィードと呼ばれる商人や、公海上での海上民同士の争いを政治的に仲介する外洋公館の外交官が存在する。宇宙生まれと地球生まれとの間に確執がありつつも、

その外交官の一人が、主人公・青澄。このキャスティングも、本書の地に足が付いた雰囲気を強調している。主人公の選択に世界の命運が懸かるセカイ系とは正反対に、海上民と省庁と政府と国際組織と交渉・駆け引きで持って、事態の好転が図られる。アクションシーン・戦闘シーンの類いもほとんどない。『機龍警察 自爆条項』を読んだ時にも感じたのだけれど、この手の能力は自分には欠けているので読んでいて新鮮。

一方で、SF設定はとても大胆。中盤で明かされるさらなる危機への対策は、とても難しい選択。従って、エンディングもすっきりしないのだけれど、ご都合主義でも何でもなくこれがベターな落としどころなのかもしれない、と思う。同時に、一縷の希望も解放されていて、その後も面白い物語になりそう。

あとがきによると「もし叶うならば、この世界観を使った物語を、また書いてみたい」とのこと。一読者としても、読んでみたい。叶うといいなぁ。

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