スキップしてメイン コンテンツに移動

四小節

この作品はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

1. 黒く

「さっきテレビ点けたらさ」

そう言うと彼女はこう返す。

「珍しいですね」

本当にどうして点けたんだろう。今さらながらそう思う。考えなしにテレビを点けて楽しめる確率に賭けるより、地球外知的生命からの電波を受信している方に賭ける方がマシだった。

「津波で交際相手を失った女性が、心の傷に付け込まれて結婚詐欺に遭ったという話をしていてさ」

「ニュースを見るなんてますます珍しい」

ニュースだったらどれだけマシだったことか。きっと「まだ、全ての人の傷が癒えたわけではありません」と穏当な締め括りで終わっていただろうに。

「ううん、ニュースじゃない。再現映像を作ったり、『反撃』とか『詐欺師と対決』とか、そういう言葉を使ったりするやつ」

彼女は「あぁ」と首を上下させる。そう、それそれ。そして、続ける。

「そういうの嫌いじゃありませんでしたっけ?」

嫌いというレベルにはとても収まらない。でもそんなこと、彼女に言うまでもない。どうしてこん話題を持ち出したのか。後悔が膨らむばかり。

「うん。大嫌い。見ていて気分が悪くなる。だから消した」

笑みを浮かべてゆっくりと頷いた彼女は、表情を消して、

「あの天災も、そんな風に扱われるようになったんですね」

背中を向けた。後悔がいや増す。あれから時が経って何が変わったんだろう。何が変わってあんな風に扱えるようになったんだろう。

しばらくしてテレビを点けたら、先ほどと変わらない場面が映った。今の今まで尺稼ぎをしていたということか。時間が止まっていたのならよかったのに。そうしたらチャンネルを変えてから消していた。

リモコンを操作して、画面が切り替わるのを待たず、電源を切る。黒くなった画面に彼女の影が映る。

2. 気を置く

「西日本を中心に水害が酷いね……」

「ツイッターですか?」

振り返りながら尋ね返してくる。

「ツイッターもニュースも」

細く息を吐いて、呆れ気味のご様子。昨日の会話が蘇る。

「またテレビですか、最近どうしたんですか?」

「ツイッターで屋根の上に避難している人を見かけて、どんな様子なのか気になっちゃって」

これだけではないし、気になっている一番の理由がこれでもない。でも、そこだけは避ける。輪郭をなぞるかのように、かすめるように、迂回する。

「救助、進んでいるみたいですよ」

「そっか」

進んでいないはずはない。当てずっぽうで進んでいると答えたって間違っているはずがない。でも、気の置けない彼女からそう聞かされると気が楽になるのも確か。見透かされている気分。

「それで、そのあと別の人の『ニュースにならないことに地域格差を感じる。東京なら下水が溢れただけでニュースになるのに』というようなツイートも見かけてさ」

「放送を見ていないのか、より多くのチャンネルでより長く放送して欲しいのか、ハッキリしませんね」

「うん、わからない。リツイートだったから、そもそも放送され始める前の気持ちだったのかもしれない。それはさておき、水浸しの家々を見たら、また傷が開く人もいるんじゃないかとか」

「とか?」

なんだろう? 何を思い浮かべているのだろう。意識しないままに口が動く。

「ボランティアが押しかけたりとか、使えない物資が届けられたりとか、悪意はなくても害のあった行動になってしまったこととかあったじゃない?」

「そういう振り返りもありましたね」

忘れてしまったのか、そもそも知らなかったのか。無数の振り返りに埋もれてしまったのか。思い出されることがないままの経験が、幾重にも積み重なっていく。

何を忘れたか覚えておけたらいいなと思うけれど、そんなことを覚えられるなら素直に覚えておいた方がずっといい。人は、何を忘れたか覚えていられない。

忘れそうな情報は、控えておいて控えたことを覚えておくくらいがせいぜいだ。それだって簡単じゃない。想起しない記憶は掠れ薄らいでいくし、事が起こった時の記憶を反復するのも自傷行為に近くて、遠ざけたい。

「情報統制すべきだってわけじゃないけれど、まずどんな人に何を知らせるべきか、優先順位はあるよね」

それを何に基づいて誰が決め得るのか。

「優先順位をつけられないものなんてないんじゃないですか。つける手間よりやってしまった方が手間がかからなかったりするだけで」

「優先順位をつけないという選択が優先されたとも言えるか」

「いちいち意識的に選択しているわけじゃないので、それは言い過ぎかと」

「それもそうか」

すぐに考え過ぎる。言い過ぎる。最後に静かにボンヤリできたのは、いつだったろうか? と思い出そうとして、ボンヤリできていたなら覚えていないかと考え直す。

「おやつにしましょうか。とっておきクッキーの出番です」

いつのまにか彼女は姿を消していた。

放置

「死刑が堂々と報道されているみたいだね」

「やっと見ないことを覚えたようですね」

彼女は苦笑まじり。

「でも、なんで今なんだろ。『ヌメロ・ゼロ』を思い出して、その可能性が嫌になって、そんなことを考える自分も嫌になっているのだけれど、どこに訴えたらいいかな」

既に彼女に訴えている。溢れ出している。何かが決壊している。そのことに気がついてさらに嫌になる。これ以上は訴える先がないことと、彼女が先周りして気を遣った返事をしてくれていたことーー部分的にしか返事をしなかったことに遅れて気付く。

「『ヌメロ・ゼロ』って小説の?」

「そう。ニュースを隠すにはニュースみたいなセリフがあったはず」

正確には、
「問題は、新聞というのはニュースを広めるためではなく、包み隠すためにあるということだ。Xという事件が起こる。伝えないわけにはいかないが、そのおかげで当惑する人間があまりに大勢いる。そこで、同じ号に、ぎょっとするような大見出し記事を載せるんだよ、母親が四人の子どもを惨殺、国民の貯蓄が無に帰する恐れ、ニュー・ビクショを侮辱するガリバルディの書簡発見、などなど。するとXという事件も情報の大海におぼれてしまうわけだ」
出典:『ヌメロ・ゼロ』
木を隠すなら森の中。ニュースを隠すならニュースの中という戦術。対人DDoS攻撃とも言える。人間が同じような情報をそれぞれ処理する速さは、コンピュータよりずっと遅いので、少量で効果を発揮するだろう。そのうえ、人間は忘れっぽい。

「考えすぎじゃないですか?」

コンピュータと違って、命令がなくても考えてしまう。命令を出すところだから、この問題は避けられない。自分で考えないにせよ、すくなくとも今のところ起点は人間だ。

「うーん、ほどほどに考えるって難しいよ」

「ほら、また考えている。次は、何か報されたり知ったりしても、放置しておくことを覚えた方がよさそうですね」

返事もない。それを見てとった彼女が、言葉をつなぐ。

「あ、もうすぐ元号が変わるからじゃないですか?」

「なるほど」

しきりに頷くのを見た彼女は怪訝そう。

「考えなしに言った冗談に、そんなに納得されると不安になるんですが……」

自分ウケして吹き出す前に、

「変わったらいろいろとよくなるかもね」

彼女は、唇で緩い弧を作ったと思ったら、次の瞬間には大げさに眉根を寄せて真面目ぶっ
て、「もしかしてタイムスリップしてきました?」

思考が明後日の方向を向く。いつから来たことにすれば、時代考証に耐えられるだろうか。あとで調べよう。

明日をも知れなくても、明後日の方向は向ける。すっかり忘れていた感覚。

あとがき

「あの――」

彼女の方から話しかけてくる。

「ところでこれって小説ですよね?」

何を言い始めるのか。

「がっかりしないで聞いて欲しいんですけれど、ここは小説じゃないですよ」

何を聞かれているのか。

「君は、どこから小説だったと思ってます?」

このブログの人気の投稿

北へ - ゴールデンカムイ 16

『ゴールデンカムイ 15』、『〃 16』を読んだ。16巻を読み始めてから、15巻を買ったものの読んでいなかったことに気がつく。Kindle版の予約注文ではままあること。 15巻は「スチェンカ・ナ・スチェンク」、「バーニャ(ロシア式蒸し風呂)」と男臭いことこのうえなし。軽くWebで調べてみたところ、スチェンカ・ナ・スチェンク (Стенка на стенку) はロシアの祭事マースレニツァで行われる行事のようだ[1]。それなりになじみ深いものらしく、この行事をタイトルに据えたフォークメタルStenka Na StenkuのMVが見つかった。 16巻では杉元一行は巡業中のサーカスに参加することになる。杉元と鯉登の維持の張り合いが、見ていて微笑ましい。鯉登は目的を見失っているようだが、杉元もスチェンカで我を失っていたので、どっこいどっこいか。なお、サーカス/大道芸を通じた日露のつながりは、実際にもこのような形だったようだ[2]。 個々のエピソードから視線を上げて、全体の構図を眺めてみると、各勢力がすっかり入り乱れている。アシㇼパは尾形、キロランケ、白石とともにアチャの足跡を辿り、そのあとを鶴見のもとで家永の治療を受けた杉元が鯉登、月島を追っている。今更だけれど、杉元やアシㇼパは、第七師団と完全に利害が衝突していると考えていないはずだった。一方で、土方一味も入墨人皮を継続。むしろ彼らの方が第七師団との対立が深刻だろう。さらに北上するキロランケはまた別の目的で動いているようだけれど、なんで尾形も一緒なんだっけ? 『進撃の巨人』に引き続き、これもそろそろ読み返す時期か。 [1] 5つの暴力的な伝統:スラヴ戦士のようにマースレニツァを祝おう - ロシア・ビヨンド [2] ボリショイサーカスの源流は、ロシアに渡った幕末日本の大道芸人たちにあった 脈々と息づく「クールジャパン」 | ハフポスト

Memory Free - 楽園追放 2.0 楽園残響 -Goodspeed You-

『楽園追放 2.0 楽園残響 -Goodspeed You-』を読んだ。映画 『楽園追放 -Expelled from Paradise-』 の後日譚にあたる。 前日譚にあたる『楽園追放 mission.0』も読んでおいた方がいい。結末に言及されているので、こちらを先に読んでしまって後悔している。ちなみに、帯には「すべての外伝の総決算」という惹句が踊っているけれど、本作の他の外伝はこれだけ [1] 。 舞台は本編と同じでディーヴァと地球だけれど、遥か遠く外宇宙に飛び立ってしまったフロンティアセッターも〈複製体〉という形で登場する。フロンティアセッター好きなのでたまらない。もし、フロンティアセッターが登場していなかったら、本作を読まなかったんじゃないだろうか [2] 。 フロンティアセッターのだけでなくアンジェラの複製体も登場するのだけれど、物語を牽引するのはそのどちらでもない。3人の学生ユーリ、ライカ、ヒルヴァーだ。彼らの視点で描かれる、普通の (メモリ割り当てが限られている) ディーヴァ市民の不自由さは、本編をよく補完してくれている [3] 。また、この不自由さはアンジェラの上昇志向にもつながっていて、キャラクタの掘り下げにも一役買っていると思う。アンジェラについては前日譚である『mission.0』の方が詳しいだろうけれど。 この3人の学生と、フロンティアセッターとの会話を読んでいると、フロンティアセッターがフロンティアセッターしていて思わず笑みがこぼれてしまう。そうして、エンディングに辿りついたとき、その笑みが顔全体に広がるのを抑えるのに難儀した。 おめでとう、フロンティアセッター。 最後に蛇足。関連ツイートを 『楽園残響 -Goodspeed You-』読書中の自分のツイート - Togetterまとめ にまとめた。 [1] 『楽園追放 rewired サイバーパンクSF傑作選』は『楽園追放』と直接の関係はない。映画の脚本担当・虚淵玄さんが影響を受けたSF作品を集めた短編集。 [2] フロンティアセッターは登場しないと思って『mission.0』を読んでいない。 [3] 本編では、保安局高官の理不尽さを通して不自由さこそ描かれてはいたものの、日常的な不自由は描かれていなかったように思う。アンジェラも凍結される前は豊富なメ

報復前進

『完全なる報復 (原題: Law Abiding Citizen)』 を観た。 本作では、家族を押し入り強盗に殺された男クライドが、その優れた知能と技術でもって犯人に報復する。 ここまでで半分も来ていない。本番はここから。 クライドの報復はまだまだ続く。 一見不可能な状態からでも確実に報復を続けるクライドが、冷静なのか暴走しているのか分からず、 緊張感をもって観ていられた。 欲を言えば、結末にもう一捻りあると嬉しかった。 ちょっとあっさりし過ぎだと感じてしまった。