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踊る打法に

されど罪人は竜と踊る 13 (ガガガ文庫)『されど罪人は竜と踊る13』を読んだ。

この巻は短篇集。収録されているのは次の7篇。このうち書き下ろしは最初と最後の2篇だけだけれど、残り5篇全てに加筆改稿があるとのこと。
  1. 過ぎ去りし時を見つめて
  2. 覇者に捧ぐ禍唄
  3. 朱の誓約
  4. しあわせの後ろ姿
  5. 黄金と泥の畔
  6. 翼の在処
  7. 白球を追って

読んだのは4篇。書き下ろしの2篇と、大幅に加筆されたという『翼の在処』。

書き下ろし1篇目はイントロとして位置付けられているように見える。これからともに戦うことになる咒式士との関係が垣間見える。

もう1篇の書き下ろしは、変化球。シリーズ通してこれまでで一番明るい話じゃなかろうか。しかし、咒式無しでも人外の力を発揮できる咒式士達も咒式士達なら、それにスポーツで対抗できる彼らも大概だよなぁ。

『翼の在処』は翼将達の話。これまで描かれていなかった翼将や、翼将間の関係が描かれていた。

登場人物が増えれば増えるほど、大量虐殺が心配になる。さて、第二部はどうなることやら。

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