「SF小説『テキスト9』を読んだよ」
「どうでしたか?」
「面白かったよ。ノリのいい文体に、アクロバティックな展開。登場人物の間で交わされる翻訳あるいは解釈を主題に据えたディスカッション。でも、何でだろう? のめり込めずに、ずっと一歩引いていたように思う」
「珍しいですね。いつも勢いで読み耽っているのに」
「うん、自分でも気になって考えてみた」
「何か思い当たりました?」
「中心となる世界観の存在を感じられなかったのが、最大の原因のように思う。色々と読み取ろうと思えば読み取れそうなんだけれど、深読みすればするほど肩透かしを食いそうな予感が心から離れなかった」
「どうとでも〈解釈〉できるという解釈をすれば、テーマに沿っているように思います」
「ああ、そういうことか。自己言及を利用したそういう仕掛けということか」
「だとすれば、うまく乗せられていますね」
「記述の奇術」
「また、思いつきをそのまま」
「勢いに任せて関連しそうな作品を挙げてみる。序盤のノリは『ダイヤモンド・エイジ』を連想した。途中から認識しているのが現実かどうか心許なくなってくるという意味では映画『インセプション』。さらに読み進めて、意味不明だけれど深読みできそうという意味では『ゴーレム100』。それから、翻訳がテーマという意味では『道化師の蝶』」
「たくさん出てきましたね」
「でも、真っ先に連想したのは『フーコーの振り子』」
「一気にSFから離れましたね」
「でも、この連想が一歩引いていた最大の原因を作り出したんだよね」