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怪獣達のいる所、ロボットたちのいる所

「『パシフィック・リム』を観てきたよ」

「観たいってツイートしていましたね」

タイムラインにちらちら『パシフィック・リム (原題 "Pacific Rim")』が現れてだんだん観たくなってきた。
posted at 23:19:24

「いやー、良かった。現代技術の粋を凝らして作った怪獣映画だった」

「どんな話だったんですか?」

「ストーリーは知らん。予算と技術と才能を駆使した、巨大ロボット・イェーガーと怪獣が戦う映像が観られるんだよ? それ以上の何が要るんのだろうか、いや何も要るまい」

「いや、それは割り切り過ぎかと……」

「予告編再生したら、また観たくなってきたなぁ。」



「欲を言えば、舞台を日本にしてスカイツリーをへし折って欲しかったけれど、巨大ロボットが倒した怪獣から素材を剥ぎ取って売り捌くバイタリティは香港の方が似合っているからなぁ」

「モンハンですか!?」

「漢方みたいなノリで売ってた。それから、劇中では明言されていないかれど、あの靴は間違いなく怪獣の素材使ってる」

「ところで、この作品の監督ギレルモさんって、『パンズ・ラビリンス』の方ですよね?」

「『パンズ・ラビリンス』も素敵な映画だったなぁ。この作品とは、ベクトルが全然違うけれど」

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