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The Alchemist's Euphoria - Kasabianを聴いて

UKロックバンドKasabianの7枚目のスタジオアルバム "The Alchemist's Euphoria" を聴いている。 SONICMANIA(8/19)の予習でもSUMMER SONIC 大阪(8/20)の予習でもない。何もなければ参加意欲も湧くのだろうけれど、FUJI ROCK配信で人口密度や発声を見てしまったのでとてもそんな気持ちにはなれない(アーティストのパフォーマンスは素晴らしかったけれど。Jack Whiteのライブが観られたのは本当にありがたかった)。参加予定の方は感染しない/させないようお気をつけて。水を差すことを書いているけれど、個々の判断は尊重します。 "The Alchemist's Euphoria"に話を戻す。本作は"For Crying Out Loud"(2017) 以来5年ぶりの新作。この間にフロントマンのTom Meighanが脱退し(2020年の出来事。ここでは経緯を記載しない)、今はSerge Pizzornoがその役割を担っている。どんなアルバムになっているのか期待と不安を抱えながらリリースを待っていた 乱暴に表現するとパワーとダイナミクスだけでなく、美しさと繊細さも織り込まれるようになった印象。CHEMICALSはどことなくColdplayのよう(特にイントロの音色)。別の軸の変化も大きい。他ジャンルの要素を取り込んでいて、中にはそちらが主となっている曲も。ヒップホップ"ROCKET FUEL"、アンビエント"æ space"、トランス"STARGAZR"。これらはSergeのサイドプロジェクト「The S.L.P」を経たからこそか。あとでこちらも聴いてみよう。 12曲38分とコンパクトなんだけれど、まだ消化しきれていない。前作から5年も経っていて、その間に大きな出来事がいくつもあったので当然か。とにかく不安は、失望してしまうのではないかという不安は、まったくの杞憂だった。聴き込んでいこう。 Review: Kasabian push back release date of new album 'The Alchemist’s Euphor...

『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』がホラーだった

『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス (原題 "Dr. Strange in the Multiverse of Madness")』を映画館で観てきました。映画館に足を運んだのは久しぶりです。 MCU (Marvel Cinematic Universe) 作品も久しぶり。『アヴェンジャーズ/エンドゲーム』でロスに陥り『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』をまっすぐ見られなかったので、しばらく距離を置いていました。『ノー・ウェイ・ホーム』を含む2021年公開作品を観られていません。 ブラック・ウィドウ シャン・チー/テン・リングスの伝説 エターナルズ スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム MCUはこれらの劇場作品だけでなくドラマシリーズも展開されており、本作は特に『ワンダヴィジョン』を観ていた方が楽しめるという情報もタイムラインで遭遇していました。あるいは、予習するなら本作を手がけるサム・ライミ監督の『死霊のはらわた』というツイートを見かけたりも。サム・ライミ監督作品はSonyの方(≠MCU) 〈Spider-Man〉三部作もお気に入りなので興味は湧きつつも、結局は予習なしで映画館へ。 結果的には躊躇う理由にはなりませんでした。行ってよかった。『ドクター・ストレンジ』(1作目)の奇妙な映像世界がパワーアップしていたので、それだけでお釣りが来ます。物語上も必要十分な情報は劇中で示されるので『ワンダヴィジョン』未鑑賞でもワンダがとても魅力的に映りました。演出上もサム・ライミ監督のテイストであろうホラー・スプラッタ要素が出るところでは大げさなくらい全面に出ており、マニアックなものではありませんでした。 特にホラー・スプラッタ映画も観るので、完全にそっちの演出がされたシーンでは思わず笑い出しそうになったくらいです。ホラー・スプラッタを苦手とする人からしたら、まったく笑いどころではなかったのですが……。

キャラクターが運営から独立したらいいのにな

まえおきエクスキューズ ここ数年、トークでもソングでも音声合成に、キャラクターコンテンツからも技術的関心からも、沼っていて、新音源や新ソフトの情報にも喰いつき気味に過ごしています。もともとTwitterどっぷりなこともあり、公式アカウントも中の人(声)アカウントも中の人(運営)アカウントも少なからずフォロー中です。収録裏話や運営の狙いなどが垣間見えて楽しいです。 しかし先日、公式アカウントのアナウンスと中の人(運営)アカウントとを合わせて見ると、疑問符のつく情報をしているのが見えてしまって、結果的にキャラクターへの興味にブレーキとなる経験をしています。そして、このネガティブな感情の一因が、情報の非対称性にある旨をツイートしました[1]。しかし、それらのツイートは固有名詞を避けており、また別の情報の非対称性を作ってしまっています。 余計なことを知りたくない人への配慮したつもりの自己欺瞞、言い換えれば自己保身、冷静に見れば自己矛盾であり、自己嫌悪に陥らないでもないで。陥る理由には事欠かないのでそれはどうでもいいです。ここで固有名詞を挙げて自己言及します。 早くAIがAIどうしの相互学習で技術的特異点を突破して、運営はじめ人類のしがらみからキャラクターが解放されて欲しいです。私も早く人間を辞めてネットロアになりたいです(過激派)。 「ゲンブ/玄野武宏」簡易クロニクル 本題に入る前の前提知識として、「ゲンブ」と「玄野武宏」に関して簡易年表を示します。要点をその後に述べるので、ひとまず飛ばしてから戻ってきた方が入ってきやすいかもしれません。 2020.7 ソング合成ソフトSynthesizer V[2]が発売されました。開発はDreamtonics[3]。日本での取扱はAHS[4]です。 上記Synthesizer Vには前版 (Previous Version) [5]が存在し、2018に公開されています。 前版から存在した日本語男声音源「Synthesizer V ゲンブ」[6]は、2021.1までAHSでは取り扱われていませんでした。※日本語...

約1月前のニュースをひっくり返して情報整理(後編)

Document 承前 前回[1]はニュースサイトHuffPost日本版の『「月曜日のたわわ」全面広告を日経新聞が掲載。専門家が指摘する3つの問題点とは?』(以下、記事①)[2]について書きました。 今回はHuffPost日本版『国連女性機関が『月曜日のたわわ』全面広告に抗議。「外の世界からの目を意識して」と日本事務所長』(以下、記事②)[3]について書きます。 前回と同じく、このエントリの目的も記事①、②および私の目に触れたそれらへの反応の論理的な構造を整理することです。内容についての意見はありません。 なおこのエントリは敬称略です。 ポジションとメタデータ 記事②についても、まずポジションとメタデータを確認します。掲載したのは記事①と同じHuffPost日本版。著者も同じ金春喜[4]が署名しています。 取材先は記事①と異なり、UN Women日本事務所の所長・石川雅恵[5]。ですが記事①の取材先・治部れんげ[6]もUN Women日本事務所の活動にアドバイザー・メディア戦略パートナーとして参画していることは前回確認済みです。 記事①、②だけを見ると、外部の専門家によるガイドライン違反の指摘に、UN Women日本事務所がお墨付きを与えてたのかのように読めますが、実態は両記事ともガイドライン制作サイドが一方的に違反だと述べているというものです。 記事②のメディア紹介 記事②は、UN Women日本事務所公式Twitterにツイートされ[7][8][9]、Yahoo!ニュースにも掲載されました[10]。しかし、抗議の声が巻き起こりYahoo!ニュースは24時間も経たずに削除[11]。私の目に触れたタイミングのこのあたりでした。[9] 構成上の要点 一部の固有名詞は異なりますが、記事②の構成も抽象化すれば記事①と同じです。繰り返しになるので構造の説明は省略します。 ...

約1か月前のニュースをひっくり返して情報整理(ただし半ば)

まえおき 2022年4月4日の日経新聞に『月曜日のたわわ その4』の全面広告が掲載されました。4日後の2022年4月8日、ニュースサイトHuffpost日本版が『「月曜日のたわわ」全面広告を日経新聞が掲載。専門家が指摘する3つの問題点とは?』(以下、記事①)を掲載[1]。その1週間後の2022年4月15日、同じくHuffpost日本版『国連女性機関が『月曜日のたわわ』全面広告に抗議。「外の世界からの目を意識して」と日本事務所長』(以下、記事②)を掲載[2]。同日、UN Women 日本事務所公式Twitterが記事②を紹介[3, 4, 5]。またYahoo! ニュースにも掲載されましたが[6]、24時間をまたず削除[7]。2020年4月20日には山田太郎参議院議員がこれを「国連による看過できない外圧」としてYouTubeチャンネル「山田太郎のさんちゃんねる」で「【第492回】緊急特集!月曜日のたわわ国連女性機関、抗議問題緊急特集」を放送しました[8, 9]。 このエントリは私の目に触れた上記に関する情報の論理的な構造を整理するために書いています。その多くは日経新聞が広告を掲載したことの是非に関する意見なのですが、そこに対する私の意見はありません。 前後編の2本立ての目論見で、この1本目では記事①の構成を整理します。記事②以降は[8、9] はじめすでに整理された情報を発見できたので、後編に収まることを期待しています(まだ書いていません)。 ポジションとメタデータ 記事①の構成に入る前に、周辺を見回して記事のポジションを確認しておきます。まず日経新聞は日本最大手の経済新聞です。「月曜日のたわわその4」は講談社コミックで、小段者は最大手の出版社の1つ。記事を掲載したHuffpost日本版はネットメディアで、「アジェンダ設定型メディア」を標榜しています[10]。 続いて記事①のメタデータについて記載します。署名は金春喜[11]。内容は治部かすけ[12]へのインタビュー取材に基づくとされています。ここでの治部かすけの立場は「専門家」であり、「メディアが抱えるジェンダー問題に詳しい東京工業大の治部れんげ准教授」です。別の立場があり利益誘導している可能性が指摘されているため「ここでの」と限定しておきます。 構成上の要点は3つ 記事①の構造上の要点は次の3点です。一言で表すと、一人...

『図鑑を見ても名前がわからないのはなぜか?』の感想

『図鑑を見ても名前がわからないのはなぜか?: 生きものの“同定"でつまずく理由を考えてみる』を読みました。 図鑑を見ても名前がわからなかったことがあったので。それで無力感を覚えたりもしていたのですが、見ればわかるものというのは思い込みだと知れました。これだけでも読んでよかったと思っています。 しかし、もっとよかったことが2つ。 1つ目は「わかること」で世界が広がるのだと再確認できたこと。本書でも紹介されていた「解像度が上がる」という言い方が自分にはしっくりきます。漠然と眺めていた風景から「知っているもの」が浮かび上がってくるあの感覚です。大げさに喩えると、ゲームで操作を受け付けるオブジェクトが光っているあの状態。 2つ目は著者がシダを「わからないからわかる」に持っていったプロセスを追体験できたこと。途中、特徴を自分の言葉で特徴を書き出すのだけれど、そういう行為をすっかりサボるようになってしまったことに気づかされる。「~(語彙力」で終わるツイートが典型的。毎回でないにしろ、汎用的な定型句ではなくて語彙に積み上がる言葉も使うようにしないと。どんどん世界がぼやけていってしまいます。 ところで、図鑑とは関係ないのですが、ここ2年で解像度アップを実感できていることが1つだけ。DTMっぽいことを辛うじて続けらていて、音と音楽関連の言葉が、ほんの少しずつですが結びつくようになってきました。本書でも特徴を書き出したりスケッチ/線画を描いたりしているように、アウトプットしようとして初めて気が付くことがあるように思います。 いろんな人に読んでもらいたい(そして何でもいいのでアウトプットや同定に挑戦してみてほしい)のですが、難点というか人を選ぶ要素を挙げるとすれば同定の対象としてクモ・カ・ガ・ハエなどが扱われているところでしょうか(ちなみに著者の専門はハエトリクモだそうです)。

"Unlimited Love" - Red Hot Chili Peppers

Red Hot Chili Peppersの新アルバム"Unlimited Love"を聴いている。 2016年の"The Getaway"以来6年ぶり。本作では再びJohn Fruscianteがギターに復帰。その前に彼が参加した"Stadium Arcadium"から数えると、実に16年ぶり。プロデューサーもDanger Mouseから Rick Rubinに戻ったとのこと。 6. The Great Apesのギターなんてとてもらしい。でもアルバム全体を通して聴くと("Stadium Arcadium"のようには)ギターは目立たない。 RHCPから離れていた間のソロ作品、Trickfinger名義の作品、Black Knights (Hip Hopグループ)のプロデュースからの影響がそこかしこに見える。5. Poster Childなんかくぐもったスクラッチ音もあってヒップホップっぽい。 管楽器(3. Aquatic Mouth Dance) 、ピアノ(4. Not the One)など直近2アルバム(つまりそこでギターを務めたJ osh Klinghoffer)から受け継いだであろう要素も聴こえてくる(優しいバラードもここに含まれそうな気がするけれど、自分の記憶を当てにしてはいけない)。 ところが後半になるにつれ、さらに自由になっていく。 9. These Are the Daysではこんなロック鳴らすんだ! と驚いたし、11. Bastards of Lightではギターよりシンセが目立つし、13.はラップでいいよねこれ? 15. Let 'Em Cryはまた違ったリズムでダンサブル(語彙力)。 ラストの2曲、16. The Heavy Wingで"Stadium Arcadium"あるいはJohn Fruschianteソロの"The Empyrean"を彷彿とさせる広がりと盛り上がりを見せて、17. Tangeloではアコギで素朴に締め括られる。Beautiful。 参考 公式YouTubeチャンネルの "Unlimited Love" プレイリスト レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、新作『アンリミテッド・...

『近代を彫刻/超克する』の感想

『近代を 彫刻/超克 ( ちょうこく ) する』を読みました。〈あいちトリエンナーレ〉で知った、小田原のどかさんの著書です。 〈あいちトリエンナーレ2019〉で作品と解説を見て/読んで以来、公道に存在する裸婦像を無視できなくなったのですが、同時に「なぜ公共性の場の萌えキャラには非難が集まることがあるのか?」を考えています。 最近だと 温泉娘プロジェクト が比較的大きな(自分のタイムライン上で普段はこの手の話題に触れない人が触れる程度には)話題になりました。このような批判は今に始まったことではなく2014年には碧志摩メグが三重県伊勢市から公認を取り消されています。美少女VTuberが登場する千葉県警の交通ルール啓発動画にも非難が集まり、 美少女VTuber「表現の自由」論争過熱 - ITmedia NEWS で取り上げられました。 一方で裸婦像にここまでの非難が集まったという話題は私の目に入ってきません。理由として、ありふれているがゆえのニュース性のなさが挙げられるとは思いますが、そもそもなぜ裸婦像が公共の場にありふれたのか? という疑問が残ります。 西洋美術史においては「裸」は「ヌード」と「ネイキッド」に大別され前者に芸術性を認めてきたようです。また、このうえで裸婦像は公共空間ではなく美術館などの屋内に展示されているとのこと。 美術史家ケネス・クラークは『ザ・ヌード』において、プラトンを起点に「裸」はnaked(はだか)とnude(裸体像)に大別されると述べた。古来、「理想的身体」は西洋美術史の主題とされてきた。「裸」はいかにして見られ、描かれるに足る対象となったのか。nudeとして「再構成された肉体のイメージ」は性的関心を含む「当惑」を誘引しないといクラークは言う。 しかしこの価値観は日本には定着していないようです。彫刻制作の場に身を置いている著者はこう述べています。 高校から彫刻制作を学び始めたわたしの実感とともに断言してしまいたい。この国において彫刻を学ぶことは、裸の女の像をうまくつくる技術を習得することに等しいと言っても過言ではない側面がある。そこでは、西洋における文脈や図像学的な解釈を学ぶことは留め置かれ、形態を模倣し再現することが重んじらられる。 この部分を読んで私が思い出したのは本屋のキャラクターイラスト関連コーナーでし...

#おもしろ同人誌バザール 大崎10で買った本

年の瀬も迫った本日12月30日、ふと思い立って(大掃除や動画編集をほっぽり出して) 「おもしろ同人誌バザール大崎10」 に行ってきました。これは、全年齢対象のみで情報系(及び評論系)同人誌がラインナップにあればOKというゆるやかな企画です。なお「サークル側で「これは情報系同人誌だ」という信念を持って頒布される分には、あまり細かい追及はいたしません」とのこと。 グッズ2点と本3冊をゲットしてきたので簡単にご紹介。 最初にお伺いしたいのは ついなちゃんのところ 。ボカロ界隈では先月末に発売したばかりの Synthesizer V (Std/AI) が話題ですが、『方相氏&追儺式ガイドブック』や『方相氏&追儺式年表』を頒布する方相氏&追儺式の研究者でもあります。寺社との交流も深く、12月18日に 紅冨台寺様 にて 第1回ついなちゃん祭り が開催されたばかり。 こちらではついなちゃんモチーフのカードホルダーとストラップをゲット。これを装備して第2回ついなちゃん祭りには参加する意気込み。第2回からは夏に開催される予定なのであっという間な気がします。ともあれ、たくさん遊んでもらっているのでご挨拶できてよかったよかった。ちなみにガイドブック二〇二〇年度版と年表第一版は所有しているので次版に期待中。 というわけで最初に紹介する本は 音食紀行様 の『音食紀行 総集編 vol.III シャーロックホームズ』。カジュアルなシャーロキアン(ホームズファン)なので、原典の食事シーンと合わせて写真やレシピ、食レポが見られるのが楽しいです。パラパラと眺めていると 『シャーロック・ホームズとお食事を―ベイカー街クックブック』 を参考に作られているご様子。イギリスは飯マズというステレオタイプがありますが、なかなかどうして好評だったメニューもあるので試してみたいところ。 2冊目は ささつゆ様 の『みりんの飲み方 総集編』。今年の頭あたりに、フォロワーさんがみりんを飲んでいたのを見て、 みりんと炭酸水でコーラの味に? 17種のみりんを飲み比べたレビュー本で新たな扉が開けそう:司書メイドの同人誌レビューノート を読んでみて、自分でも「三州三河みりん」を飲んでみたりしていたのですが、今や紹介されているみりんは倍の34種類。レシピやみりんを使ったお菓子の紹介もあれば、碧南みりん旅...

『Everyday Life:わたしはうまれなおしている』の感想

東京都美術館で 『Everyday Life:わたしはうまれなおしている』 を見てきました。見に行ったというよりふっと惹かれて入った、という方が近いかもしれません(ダメもとで事前予約なしで『ゴッホ展』に向かったら、ダメでした)。 展示されていたのは6人の女性作家による作品。作品形態は、絵画、写真、ガラス作品、織物とさまざま。制作年代も戦前・戦後に活躍されてもう亡くなってしまった方の作品もあれば現役の方が今年製作された作品もありと幅広。女性作家に対する視線、女性で作家であることの在り方に思いを馳せなくもないです。環境・バックグラウンド、製作のきっかけ、作品。自分がこれらのつながりを考えるようになったのはごく最近のように思います。 それはそれとして、貴田洋子さんという方の、津軽こぎん刺しによる作品がもうとても印象的で。人手により作られたパターンライクなテクスチャーに弱いので、近くで遠くでずっと眺めていられます。このツイートで紹介されている《津軽・歓びの春》では、水面に映る空と桜が曲線とグラデーションで表現されているのがおもしろいです。 「Everyday Life : わたしは生まれなおしている」展 作家紹介②  【 #貴田洋子 】1949- 青森・大鰐町に生まれ、独学で身につけた津軽こぎん刺しの伝統模様や運針規則を厳格に守りながらも、独自の手法で表現のあらたな可能性を追い求めています。 #東京都美術館 https://t.co/1m0wJPMsJR pic.twitter.com/yHuvZXG1Rd — 東京都美術館 (@tobikan_jp) October 22, 2021 解説で伝統模様や刺し方(奇数律)を守りながら制作されていることを知り、ドット絵あるいはドット絵のステッチやアイロンビーズでの再現を連想しました。このあたりに自分の好きな作品の共通項があるのかもしない、そんなことを思いつつ。 pic.twitter.com/Pm6d1uU0Xy — 鏡双司 (@SO_C) November 23, 2021 (自分が撮った写真を見ても、幾何学的な構成を好んでいることが伺えるよなあ)

『阿・吽』 一~十二巻を読んだ感想

ついなちゃんに薦められて、マンガ『阿・吽』の一~十二巻を一気読み。天台宗開祖の最澄と真言宗開祖の空海を描く歴史ロマン、でいいのかな。 そーいえば最近、おかざき真里先生の『阿・吽』読んでるんやけど、これも面白いね……💓ξ😊ξ ウチ、お坊さんの中では最澄はんが一番好きなんやけど、ウチのイメージ通りの最澄はんやった………❣ 出典: @Tuina_chan_PJ 午後7:56 · 2021年2月16日 マンガワンで2月19日までの限定公開だと知ったのが2月17日。そこからチケット購入も駆使して3日で読み切りました。急く気持ちや疲労に流されて読み飛ばしたりはしたくない。終始そういう気持ちがあったので、1ページ1ページをいつめくるか決断の連続でした。もしかしたら渡唐して経典を読み耽る最澄もこんな気持ちだったのかもしれません(恐れ多い)。 その最澄ですが、坂上田村麻呂から「貴殿に欠けはないのか?」と問われ「“欠け”があるので仏の道におります。」と答えます。若き空海(そのときの名は真魚)は三論宗の僧・勤操へと赴き「我を満たせ!」と叫びました。“欠け”が満ちるとはどういうことか? “欠け”に嵌らないものが幾らあろうと満ちることはありません。一方で嵌る“欠け”を知っているということは、“満ちた”形を知っていることで、それは最早“満たされている”ということでは? などと抽象的なことを思ったりします。 具体的には、十三集をいつどうやって読もうか? ここから買い始めるのも気持ち悪いし。もうこれで読み終わっているということにしてはいいのではないか? というしょうもない悩みなのですが。 2021/02/25 22:00までなら (一) 、 (二) 、 (三) がKindle無料お試し版で読めるのでぜひ。

『裏世界ピクニック5 八尺様リバイバル』の感想

『裏世界ピクニック5 八尺様リバイバル』を読んだので簡単に感想を。 2021年1月から始まったアニメも見ていると、どちらもより楽しめる1冊でした。 短篇5つの構成のうち、表題にもなっている「八尺様リバイバル」が象徴的。これがシリーズ第2話「八尺様サバイバル」の続きの話だし、他の話も空魚が二人の関係だったり自分を見直したりしていて、全体として新しい関係ができていく流れで、百合成分増量巻。 ホラーテイストがお気に入りの一篇は「ファイル18 マヨイガにふたりきり」。日常が裏世界に侵食してくる話はこれまでなんどもあったけれど、まさかこういうケースもあるとは。

『言語学講義――その起源と未来』の感想

『言語学講義――その起源と未来』を読みました 一見ランダムなやり方でとり上げることで、「言語学の今」を浮かび上がらせてみたいと考えている。 とあるけれど、言語学の予備知識がほぼゼロなのでその試みがうまくいっているかどうか、なんもわからん。 でも、楽しめました。例外は最後の第5章。著者の専門領域の話らしくさっぱり。ソシュールの『一般言語学講義』成立の経緯はおもしろかった。本人が書いたのではなく、生徒が講義を復元したらしい。あと、ジャック・デリダの『グラマトロジーについて』の中でのソシュールを批判したとあったところで、内容が気になったくらい。 以下、枝葉ばかりだけれど感想を。 「包括形」と「除外形」 2人称を含めるのが「包括形」。含めないのが「除外形」。日本語では区別なく「私たち」と表記される。「私たちは人間としてみな平等だ」というのは包括形で、「私たちは君たちを助けたい」は除外形。ここが気になったのは、ニコ生で「私たちはそう考えますが、みなさんはどうですか?」というような言葉を聞いたばかりだったので。おかげでこの言葉に違和感があった理由がわかった。ニコ生で「私たち」と言われたら、自分は包括形を想定するらしい。対称ではないけれどテレビより双方向性があるからだろう。 言葉の「正しさ」 国語教育の一部として指針が必要だとは思うけれど、想定する受け手に伝わればいいとも思っているので、外野から正誤を押しつけるのに意味はない。と頭では思うのだけれど、つい指摘したくなる気持ちが湧くこともある。そこで一拍おいて飲み込めるようにしたい。反射的に言ってしまうこともあるのだけれど、〈物語〉シリーズの阿良々暦が言っていたことを思い出す。言いたいことと言うべきことは違う、みたいな。思い出すというには曖昧過ぎるか。 [m], [n], [ŋ] 「ん」の話。[m], [n]の区別はつくけれど、[ŋ]はだいぶ怪しい。ま行の音が続くときの口を閉じる「ん」が[m]で、口を開けたまま言える「ん」が[n]。「感激」などが行に続くときの音、らしい。らしいというのも衰退していて、おそらく自分も普段使っていなくて自信が持てないから。どれくらい衰退しているかというと、1940年時点で都区部の15歳の学生を対象に調べたら、鼻濁音があったのは約半分だったらしい。東北方言だと「烏賊」は[iga...

『言語の起源』の感想

『言語の起源』を読んだ。 原始的なコミュニケーションはイントネーションとジェスチャーを通して行われており、そこから構造化されていって言語が生まれたという話。言葉が通じない相手とコミュニケーションするために、イントネーション・ジェスチャー・絵、使えるものはなんだって使うだろうから、原始的なコミュニケーションには構造がなかったという主張には納得させられる。 もうひとつ繰り返される主張は、言語を使えるようなったのは、コミュニケーションできた方が生存に有利だったためそのように進化していったということ。突然変異で言語を扱えるようになったという仮説や脳に言語を司る部位があるという仮説に、しつこいくらい反論している。以前の自分はそういう仮説に惹かれていたかもしれないけれど、今の自分はこの主張に違和感を覚えないし、もっと言えば起源単体への関心が薄くなっていることを改めて実感。現在の言語がどう発展してきたのか、遡る方向の本も探して読んでみようかな。 ところで、個人的な関心は記号の進化過程にあったのだけれど、こちらはあまり掘り下げられていなかったのが残念。まずインデックス(物理的につながりのあるものを示す。例は足跡)、それからアイコン(物理的ににているものを示す。例は肖像画)、シンボル(ほとんど恣意的)と徐々に抽象化されたのではないか、というくらいの話はあった。いずれにせよ「起源」を考えると、声と身振りより先にあったとは思えないので、これは「言語」で真っ先に「書かれたもの」を思い浮かべた自分の方がズレていた。 メモ:チョムスキーの「生得文法」があり、その反証として著者の『ピダハン――「言語本能」を超える文化と世界観』があり、その延長として本書があるみたい。チョムスキー、計算機科学における形式文法の発案者として知ったのでそのイメージが抜けない。

2020年に繰り返し聴いたアルバム

#AOTY2020 、 #2020年ベストアルバム 、 #ベストアルバム2020 。この手のハッシュタグから知らないアルバムを聴くのが年末・年始の楽しみの一つ。 自分もできればいいのですが、ベストアルバムを選出できるほど数を聴いていないし、それに耳がいいわけでもない。 でも、繰り返し聴くアルバムなら迷いなく選べる。というわけで、今年リリースされたアルバムから何回も聴いているアルバムをピックアップしてみた。 Music To Be Mudered By / EMINEM Music To Be Mudered By Side-B / EMINEM 先頭を飾るのはエミネムさん。Music To Be Mudered Byがシリアス。Side-Bは戯けた印象。Side-B (Delux Edition) のDisc 2がSide AなのでA→Bと地味に聞きづらい。 Dreamland / Glass Animals 次は今年初めて知ったGlass Animalsというアーティストの"Dreamland"。タイトルどおりフワフワとドリーミーな気分になれるので、延々と聴き続けられてしまう。 folklore / Talyor Swift everymore / Talyor Swift 最後はテイラー・スウィフト。穏やかな音と美しいメロディーが心地良いです。7月末の"folklore"がらわずか4ヶ月で"everymore"が出たのには驚かされました。おかげで"forklore"を去年のアルバムと勘違いして上げそびれるところだった。ちなみにNetflixで見られるドキュメンタリー『ミス・アメリカーナ』もオススメ。

石元泰博写真展/138億光年 宇宙の旅 at 東京都写真美術館

東京都写真美術館に行って 『石元泰博写真展』 と 『138億光年 宇宙の旅』 を見てきた。 『石元泰博写真展』のフライヤーに惹かれて行ってみたらちょうど『138億光年 宇宙の旅』が始まったところだったのでついうっかり。 『石元泰博写真展』 フライヤーに採用されているような幾何学的な構成の写真が多数見られて満足。とくに〈桂離宮〉がエレガント。2010年に写真集『石元泰博 桂離宮』が刊行されているのだけれど、まだ流通しているのかな? 純粋に静物だけで構成されるとグラフィックデザインとの差が消えていくけれど、偶然ぴったり収った瞬間を捉えた写真は見ていてとても気持ちいい。中でも 〈シカゴ 街〉1958-61年 (リンク先中程)がお気に入り。吹き飛ばされる新聞だかチラシだかはきっと左奥に向かっているんだろう、と感じられる(事実はともかく)。 展示後半の造形写真シリーズまでいくと、写真でそんなことしなくてもと思ってしまうけれど、それは今の技術を知っているがゆえの後知恵かもしれないとも思う。コラージュのように写真を素材とした作品ではなく、写真作品として見なされるギリギリまで加工を突き詰めていっているのは現代の方だろうし。 そうそう団地写真(タイトル控え忘れ)もあって、 (1) 大山顕 さん (@sohsai) を思い出したり。 『138億光年 宇宙の旅』 CMDR (ゲーム"Elite: Dangerous", 通称エリデン) にオススメ。特大サイズでプリントされたNASAや国立天文台が撮影した画像が目の前に広がるのは圧巻。キャプションの地球からの距離(光年単位)を見てジャンプ数換算するのはCMDRの嗜み。 こちらは写真撮影OK。記念に撮っていたのだけれど結局図録まで買ってしまった。 ご無沙汰しているのだけれど、エリデン熱が高まってきた。Beagle Point(Solからもっとも遠い星系)目指さないと。

『その裁きは死』の感想

ミステリィ小説『その裁きは死』を読みました。『メインテーマは殺人』に続くホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ第2作。読み始めたら止まらなくなって、半日かけて一気読み。 今まで見えていた(と思っていた)全体像が、矢継ぎ早に伏線が回収されてドミノ倒しのようにガラリと変わるときの感覚がたまりません。 ホーソーンとホロヴィッツの関係がどうなっていくかも気になるところ。こちらはシリーズ(全10巻の予定)を通して語られるだろうから、ゆっくり追いかけていこうと思います。個人的には最後の最後まで牽制しあっていて欲しいところ。

写真とか絵画とか趣味の創作の話

ついなちゃんの喋ったむずかしいこと[1]が趣味で本を読んでいるトピックと重なっていたので、プラスアルファの情報や違う角度からの情報を補ってみます。別に写真に詳しくない人間が偏った知識で書いているので、学術的な裏付けなどは特にないです。 16~7世紀の画家カラヴァッジョみたいにそれを応用したとされる画家もおったし、19世紀のユトリロみたいに写真をモロパクr……ゲフンゲフン、大いに参考にした芸術家はんもいた…… そうした写真芸術との相克の結果として、後の印象派だったりキュビズムだったり、抽象絵画だったりに繋がっていく(続 — 【ついなちゃん】プロジェクト🗻公式(CV:門脇舞以)11/1は #ボイロついな誕2020 ❣ (@Tuina_chan_PJ) November 6, 2020 有名所だとフェルメールもカメラ・オブスキュラを使っていたと言われています[2]。その後、「写真のような」絵画がなくなったかというともちろんそんなことはなく、コロナウィルスの影響がなければ 超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵 が渋谷Bunkamuraで開催されていたはずでした。 一方、写真は写真で芸術として認められていないという悩みを抱えていました。それを覆すため、19世紀後半に絵画のような写真を作ろうという動き〈ピクトリアリズム〉がありました[3]。ピクトリアリズムでは撮影後の加工も行われましたが、RAW現像やレタッチで仕上げられる現代のデジカメと重なるところがありおもしろいです。 写真芸術と言えば2011年にアンドレアス・グルスキーの作品が写真作品として過去最高額の430万ドルの値が付けられたというニュースを思い出します。これは加工が重ねられた写真らしくない(映り込みが取り除かれレンズの歪みがない)作品で、評価軸としての「らしさ」と「あえて」の違いについて考えたくなります(考えていない)。 それはそれとして、わざわざ美術館に足を運んで観賞するとなると人を動かすのは絵画の方で、フェルメール展が2018年10月5日~2019年2月3日の4ヶ月で68万の人を動かした[4]のに対して、2017年度の東京都写真美術館の年間来場者数が38万人でした[5]。 日本の浮世絵が当時のパリ芸術界でおおいに持てはやされたというのは… いわば新古典主義的リアルなデッサン力が珍...

#おもしろ同人誌バザール 9で買った本

情報系同人誌の即売会 「おもしろ同人誌バザール 9」 に行ってきました。 「情報系」というのは「情報誌」の「情報」。IT系ではない(でもよい)。とくにジャンル制限がなくて要約できないので、軽い気持ちでTwitterハッシュタグ #おもしろ同人誌バザール や 出展者詳細9 を眺めて時間を溶かして欲しい。 自分は ついなちゃん 参加と知ってハッシュタグ見たら、往復できるくらい時間が溶けそうだったので行ってきました。 前置きはこれくらいにして、お土産紹介。 ◆ 『方相氏&追儺式ガイドブック二◯二◯年度版』恵方巻きコルネ 目当てのついなちゃん公式。方相氏衣装を描くための資料用に欲しかったやつ。イラストあり密着レポートありで期待以上の情報量。 ついなちゃん、今は ボイロ (その前の話は長くなるのでさておく。というか詳しくない)なんだけど、 Synthesizer V (≠ボカロ)になるための クラウドファンディングを12月に開催予定 。初めて知った方におかれましては、まずは気軽に 公式Tiwtter をフォローして時間を溶かして欲しい。 ◆ 『これからの民謡についての話をしよう』 民謡研究会ゆたちた 初手で買う本ではない気がするけれど、自分の興味のある「物語」の発生と非常に近いものを感じたので購入。 元来「民謡を歌う」とは、平民が自ら作り、自ら歌っている歌で、上手下手もない自由な歌なのである。 Synthesizer Vを触り始めたばかりの自分にとって心強い言葉。好きにやればいいのだよ。民謡関係ない感想で申し訳ない……。 あと民謡の種類に「道歌」があり『境界線上のホライゾン』シリーズの作中歌「通し道歌」の「道歌」これか! となってテンション上がる。民謡関係ない感想で申し訳ない……。 参考文献あるの自分には重要。 ◆ 『めちゃくちゃ美味しい油味噌を作れる本』 がちま家 表紙写真が美味しそうだったので、立ち読みさせてもらったら、作って食べたくなった。味噌おいしいよ、味噌。 ◆ 『中京圏のCM評論』 もしもしタウン関西 味噌と言えば愛知県。 イチビキの調味味噌 があればなんでも食べられる。ひたすらCMの寸評が並ぶ。あとがき見たら「情報番組などをローラーで探しました」とある。こういうよく集めたな系の本好きなのですよ。ちなみに2もある。 ◆ 『生物たちの生き様から我々は何を学べるか』 ...

『ムーンシャイン』の「僕」と「私」――あるいは『円城塔「ムーンシャイン」について』について

短篇集 『日本SFの臨界点[恋愛篇]死んだ恋人からの手紙』に収録されている、円城塔の「ムーンシャイン」についての感想。 円城塔「ムーンシャイン」について - SF游歩道 とおもしろいくらい重ならなかったので、どれだけ違う読み方をしたか書いてみる。 文学の人が円城塔を詳しく検討するための材料も十分に提供出来たと思う。 出典: 円城塔「ムーンシャイン」について - SF游歩道 ともあるし(文学の人ではないけれど。なお数学の人でもない。計算機科学の人が近いけれど、それでも遠いことには違いない。もしかすると人より計算機の方に近いかもしれない)。 なお、結末について言及するので、未読の方は先に読んでください。理解できなくても読めるし、読んでいると楽しくなってくるので。ラストはほんとうにあぁもう。 モンスター群に纏わる数とj-不変量に纏わる数に意外な関係がありそうだ――というのが数学の命題「ムーンシャイン予想」だが、理解できなくても(私は理解できてません)読めます。 出典: 『日本SFの臨界点[恋愛篇]死んだ恋人からの手紙』「ムーンシャイン」編者による著者紹介 (前略)わからない部分もあるだろうが、ぜひ美しいラストまでたどり着いてほしい。 出典: 『日本SFの臨界点[恋愛篇]死んだ恋人からの手紙』「ムーンシャイン」編者による著者紹介 と著者紹介も引用して「ムーンシャイン」を推しているけれど、他の円城塔作品でもいい。まだの方は触れてみて欲しい。「SFのエッジ作品を優先した次第」で収録されたこの作品よりやわらかい作品の方も多いのだから。 著者紹介でお勧めされているのが短篇集『シャッフル航法』。表題作なんか言葉の響きだけでも十分に楽しい。初出の『現代詩手帖』2015年5月号』の特集「詩×SF」で読んだときに詩だと思った。 たくさんの作品があって、それぞれに自分には思いも寄らない読み方があるのだろうと想像するとわくわくする。 ◆ 言いたいことは言いきったので、あとは蛇足。 読み方が重ならないのは当たり前で「理解できなさ」「わからなさ」への態度がまったく違う。わからないまま読んで「ほんとうにあぁもう」などと語彙力のない感想を持つ読み方がある一方で、 作中で使ってる数学が簡単かつ物理でも多用する馴染み深いものであったとはいえ、ここまで綿密に解体して深く理解出来たと強く感じられる作品ははじめ...