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いたい

「『フランケンウィニー (原題 "Frankenweenie"』を観てきたよ」

「ティム・バートン監督のストップモーションアニメですね」

「うん。『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』, 『コープス・ブライド』に続いて3作品目。ではあるんだけれど、これセルフリメイクなんだね」
ティム・バートン監督作品であり、彼の1984年の同名の短編映画のリメイクである。
フランケンウィニー (2012年の映画) - Wikipedia
「本当ですね」

「当時はなかった3Dで、でもモノクロで、実写映画をストップモーションアニメでリメイクという組み合わせが面白いなぁ」

「新しい技術と古さを感じさせる技術とが組み合わされていますね」

「そう言えば、オープニングは二重、三重の意味でメタだったなぁ」

「どんな意味ですか?」

「それは観てのお楽しみ。もう少しメタレベルでの話を続けると、この映画からはホラー映画や特撮映画への愛しさも感じられた」

「まずタイトルからして『フランケンシュタイン』ですもんね」

「うん。ホラー映画なら、それから『ドラキュラ』が直接、『狼男』と『ハエ男の恐怖』が間接的に参照されていたよ。あと、特撮映画は『ラドン』、『モスラ』、『ガメラ』と日本のが。それから多分『グレムリン』も」

「双司君でもそれだけ気がついているなら、もっと細かいネタも仕込まれていそうな気がしてきました」

「うん。俺もそう思う。少し検索してみただけでも、各キャラクタを演じているのはホラー映画ゆかりの俳優さんらしいと分かった」

「こだわりが感じられますね。"HUGO" (感想) を思い出します」

「あれも映画への愛しさ一杯だったよね。とまぁ、こういう楽しみ方もできるけれど、本編も良かったよ。主人公ヴィクターと愛犬スパーキー、いい関係だったなぁ」



「ちなみに写真は、どれも先日行った『フランケンウィニー アート展』のもの」

「それでわずかながら色味があるんですね」

「うん。撮影に使われた人形やジオラマが直接見られてとても良かった。もう一回改めて見に行きたいなぁ。それに映画自体もまた観たいなぁ」

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