「『死の蔵書』を読んだよ」
「どうでした?」
「波乱に富んだ展開で、小説としては面白かったよ」
「じゃあ何としては面白くなかったんですか?」
「稀覯本を狙った古本屋――この物語でいう掘り出し屋には感情移入できないところ」
「『せどり男爵数奇譚』の感想でも、そんなことを言っていましたね」
読んだ本は読んでない本よりずっと価値が下がる。蔵書は、懐と住宅ローンの金利と不動産市況が許す限り、自分の知らないことを詰め込んでおくべきだ。
「『ブラック・スワン[上]』より」
「読んだ本は汚れるから価値が落ちる、という話ではありませんね」
「確かに市場価値は落ちるだろうけれど、そうじゃなくて知らないことを知ることができるという話じゃないかな」
「そういう話なら、もう少し正確に言うと、まだ読んでないけれどこれから読む本を詰め込んでおくのがいいんでしょうね」
「死蔵している本が一番もったいないというわけか。そう言えば、『実験的経験』まだ読んでないなぁ。『JavaScript 第6版』はじめ読みかけの技術書も何冊かあるや。この作品もシリーズ化しているから続きも読みたいし、どうしたものか」
「何だかんだいいながら、楽しんでるじゃないですか」
「感情移入できないからって楽しめないわけじゃないよ?」