『正解するマド』を読んだ。本作はアニメ『正解するカド』のスピンアウト小説。〈カド〉じゃなくて〈マド〉。誤植ではないのであしからず。
正直にいうと、敬遠気味だった。『正解するカド』は脚本が野崎まどということで楽しませて貰ったけれど、本書を書くのは乙野四方字という今まで作品を読んだことのない方。さらに、作者が何を書いたらいいか悩むあまり、ヤハクィザシュニナがの幻覚が見え始めるという紹介のせいで、楽屋ネタらしく見えていたからだ。けれど――
え、どういうこと?
あ、そういうことか!?
そうか、そりゃそうだ!!
――と珍しい体験をさせてもらえた。『正解するカド』のスピンアウトとしても、野崎まど作品へのオマージュとしても成立している、良作というか労作というか名作というか迷作というか。
こうして読み終えたあとの衝撃がひき、落ち着いた頭で考えてみれば、敬遠していた自分がバカらしい。野崎まど脚本のアニメを、野崎マドを尊敬する小説家が、タイトルに〈マド〉なんて入れておいて、楽屋ネタに終始するハズがない。
とは言え、ハイコンテキストなことには違いない。『正解するカド』未鑑賞で本書を読もうという人はいないだろうけれど、野崎まど作品(できれば『[映]アムリタ』~『2』の6冊)未読だとちょっと苦しいように思う。直接的にも間接的にも参照している。
野崎まど作品を読んでいて、正解するカドを観たならぜひ。
正直にいうと、敬遠気味だった。『正解するカド』は脚本が野崎まどということで楽しませて貰ったけれど、本書を書くのは乙野四方字という今まで作品を読んだことのない方。さらに、作者が何を書いたらいいか悩むあまり、ヤハクィザシュニナがの幻覚が見え始めるという紹介のせいで、楽屋ネタらしく見えていたからだ。けれど――
え、どういうこと?
あ、そういうことか!?
そうか、そりゃそうだ!!
――と珍しい体験をさせてもらえた。『正解するカド』のスピンアウトとしても、野崎まど作品へのオマージュとしても成立している、良作というか労作というか名作というか迷作というか。
こうして読み終えたあとの衝撃がひき、落ち着いた頭で考えてみれば、敬遠していた自分がバカらしい。野崎まど脚本のアニメを、野崎マドを尊敬する小説家が、タイトルに〈マド〉なんて入れておいて、楽屋ネタに終始するハズがない。
とは言え、ハイコンテキストなことには違いない。『正解するカド』未鑑賞で本書を読もうという人はいないだろうけれど、野崎まど作品(できれば『[映]アムリタ』~『2』の6冊)未読だとちょっと苦しいように思う。直接的にも間接的にも参照している。
野崎まど作品を読んでいて、正解するカドを観たならぜひ。