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誰の宇宙儀? - 深紅の碑文(上・下)

深紅の碑文(上)『深紅の碑文(上・下)』を読んだ。本作は『華竜の宮』の続編。念願叶って読めて嬉しい。

前作も凄まじかったけれど、今作もそれに勝るとも劣らない怒濤の密度だった。これだけの密度を感じるのは、全ての登場人物に人生を感じられるからだろう。中心となるのは、前作から引き続き登場する青澄に本作から登場のザフィールとユイを加えた3人だけれど、彼らの周囲の人物もみなそれぞれに魅力を放っている。

自分が特に注目していたのは、星川ユイ。彼女はDSRDという組織で宇宙船を飛ばそうとしていて、そこでその行為が周囲にどう捉えられているか、身をもって知ることになる。多数の感情・思惑・希望が交差していて単純な問題ではないのだけれど、それでも彼女は宇宙船の夢を諦めない。彼女の夢に対するひたむきさを見ていると、応援したくて、羨ましくて、ねたましくて、心にさざ波が立つ。

ユイの周囲で、夢と代償とがひいては寄せている様は、『猫の地球儀』を思い出させた。『猫の地球儀』は猫というオブラートに包まれた世界で個人(猫)にフォーカスしていたけれど、この作品は現在から外挿した未来で、個人の思いだけでなく組織の思惑や地球環境の問題が絡んできて複層的な構造をしているところが異なる。こちらの方が、現実との距離が短い分、容赦のなさが際立つ。

逆流がありつつも、彼女の夢は徐々に現実に近づいていくのだけれど、読んでいる最中、繰り返し不安が押し寄せてきた。もしかして、世界の過酷さに負けて夢は飛沫と消えるんじゃないか、あるいは、夢の実現が投げかける波紋が巨大化し彼女を飲み込むんじゃないか、と。

そして、結末。今回も可能性を感じられた。人、技術、それらが組み合わさって生まれた何かの可能性を。読んで良かった。

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