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口無し、書有り

屍者の帝国『屍者の帝国』を読んだ。

本書は2009年3月に亡くなってしまった、伊藤計劃が遺した30枚の試し書きと2枚のプロットを元に、円城塔が完成させた作品。

どちらの作品も好きだから楽しみで、同時に合作だとどうなってしまうんだろうと不安でもあった。けれど、読み始めると不安の方が吹っ飛んでいって、一気に読み切ってしまった。

本書のジャンルは、大枠で歴史改変SF。文庫版に両著者が合作で解説を書いた『ディファレンス・エンジン』(感想) と同じ。

時代は十九世紀末。当時の歴史で活躍した実在の人物も、当時を舞台とした小説に出てきた架空の人物も出てきて、お祭り騒ぎ。映画『リーグ・オブ・レジェンド』を思い出す。

その一方で、伊藤計劃がこれまで書いてきた、生と死、意識、言葉、戦争などのテーマも健在だ。戦争をPMC(Private Military Company)が行っているところなど『虐殺器官』(感想) を思い出す。

実は『ディファレンス・エンジン』は楽しめなかったのだけれど、本書は文句なしに楽しめた。特異ジャンルの小説の登場人物だけでなく、苦手ジャンルの歴史上の人物にも多少は馴染みがあったおかげかもしれない。今思うと、『ディファレンス・エンジン』ではほとんど分からなくて、織り込まれたネタに気づけなかったから、読み辛かったのかもしれない。

馴染んでいたと言っても、小説『境界線上のホライゾン II』(上感想下感想)経由なのだけれど。ただ、フランシス・ウォルシンガムやウォルター・ローリーは、恥ずかしながら、『境界線上のホライゾン』シリーズを読んでいなかったら、知らなかったと思う。しかも、アニメ化されてちょうど今放送しているのを観ているから、記憶が鮮明。

このように歴史も小説も参照している本作だけれど、知らなくたって楽しめると思う。むしろ、知らない方が小ネタに捕まらないで物語に没頭できるんじゃないか、という気さえする。今更、知らない状態では読めないから、想像でしかないけれど、それだけ本作の物語は魅力的だ。取っつきやすさは、円城塔作品より上じゃないだろうか。

一つだけ読んでおくのを勧めるとしたら、シャーロック・ホームズシリーズ。本作を読み終えたとき、ホームズ好きで好運だった、と改めて思った。

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