『アーカイヴの病』を読んだ。
本書は、ロンドン・フロイト博物館などが開催した『記憶――アーカイヴの問い』という国際会議で行われた講演。
ほとんど分からなかった。本書の外にある文脈が、今の自分には大き過ぎる印象。さすがにフロイトの名前は知っていたけれど、何度も言及されるイェルシャルミは初めて聞いた。
でも、次の箇所は面白かった。
日常言語を使っての議論はどこまで厳密にできるんだろう。
本書は、ロンドン・フロイト博物館などが開催した『記憶――アーカイヴの問い』という国際会議で行われた講演。
ほとんど分からなかった。本書の外にある文脈が、今の自分には大き過ぎる印象。さすがにフロイトの名前は知っていたけれど、何度も言及されるイェルシャルミは初めて聞いた。
でも、次の箇所は面白かった。
私はここで、概念の厳密さを、曖昧さや開かれた不正確さに、そのような想念 [notion] の総体的な非決定性に対置している。「アーカイヴ」は単に想念であり、或る語に連合した印象であり、それに対してフロイトもわれわれも、何ら概念を有していない。最初は「じゃあ、何について語っているんだよ」と思ったけれど、今は、ほとんどの会話はそんなものだよな、と思い直している。
日常言語を使っての議論はどこまで厳密にできるんだろう。