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Collaborative Filtering

タイトルは、Amazonで、『この商品を買った人はこんな商品も買っています』と推奨するときに、『この商品』から『こんな商品』を計算するための手法のこと。
日本語だと『協調フィルタリング』と呼ばれている。

最初は面白いと思っていたけれど、最近だんだんと見方が変わりつつある。

AmazonとHMVなどの実店舗との推薦内容が、よく似ているからだ。
両方で洋楽のCDを物色していて、たまたま気がついた。

ボナンザ(将棋ソフト)が、プロをもってして、
51手目▲6六角は見たことがない類の手ですがなかなかの手。僕らでは浮かばない手で、コンピュータが将棋の技術向上に一役買ったと言えると思います。
大和証券杯特別対局ボナンザ戦。その2(当日編) - 渡辺明ブログ
と言わしめたような、量が質に転換するような推薦内容を見てみたいと思う。
(※ボナンザは協調フィルタリングではないけれど)
どちらも同じでは面白みに欠ける。

なぜAmazonの協調フィルタリングが、そんな推薦ができないか考えてみた。
  1. 実はもうやればできるのかもしれないけれど、プロが唸るような玄人好みな推薦では売れないからだろうか?
  2. 入力規模が不足しているからできないのだろうか? Amazon.co.jpにおける洋楽CD市場は、そんなに大きくなさそうだ。
  3. あるいは、入力の質に問題があってできないのだろうか? ボナンザの入力は、プロの棋譜だが、Amazonの協調フィルタリングの入力は、一般消費者の購買履歴だ。
やっぱり、自分で探さないと駄目かな。
どちらにせよ、推薦されているものだけで満足してしまっては、推薦者にコントロールされる可能性が高い。
(推薦者にその意図があるかどうかは別としても)

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