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可能性を考えるのが早すぎる - 井上真偽作品5冊

井上真偽 (まぎ) の、『探偵が早すぎる』(上・下)、『その可能性はすでに考えた』『聖女の毒杯 〃』、『恋と禁忌の述語論理 (プレディケット) 』を読んだ。つまりすべての単行本を読んだ。

上記は自分が読んだ順。出版された順に並べると、『恋と禁忌の述語論理』、『その可能性はすでに考えた』、『聖女の毒杯 〃』、『探偵が早すぎる』。偶然だけれどおおむね出版順を遡っていて、結果的には歯ごたえが強くなる方へと進むことになった。

いずれもミステリーで、探偵役のアクの強さが群を抜いている。JDC[1]メンバにも引けを取らない。それでいて解決はあれほど突飛ではない。

『探偵が早すぎる』では事件は起こらない。正確にいうと起こるのだけれど、犯人の思惑どおりの結果にはまったくならない。なぜなら、被害が出る前に探偵役が犯人(未遂犯)を見つけて解決してしまうからだ。だから「探偵が早過ぎる」というわけ。こういう探偵の存在について考えたことはあるのだけれど、こんな風におもしろい小説にできるなんて。感動すら覚える。

『その可能性はすでに考えた』では、探偵は事件を(一般的な視点では)迷宮入りに導こうとする。探偵の視点では、奇跡の存在を証明しようとしている。ある事象が発生し得るあらゆる可能性が否定されたら、その事象は奇跡と呼ぶ他ないという。おおよそミステリィって一般的には不可能に見える事象が発生した過程に理路をつけるものだけれど、この作品の探偵は反対に不可能性を追い求めている。それはいわゆる悪魔の証明であり、どんなトンデモでも可能性があれば奇跡とは呼べなくなるわけで、それはもう沢山の可能性が披露される。〈境界線上のホライゾン〉シリーズの文系の相対を思い出す(ただし、この作品では戦争になったりはしない)。

最後に読んだ『恋と禁忌の述語論理』が著者のデビュー作。一階述語論理とか二階述語論理とかの述語論理。数理論理学の一分野であるところの述語論理。本作の探偵役は「論理的に話したり」しない。論理で話す。おもしろかったけれど、既刊の中でこれがもっとも敷居が高い。一応の説明はあるものの、((予備知識がない)∧¬(活字中毒))⇒(読み切れなかったのではないか)。でも探偵役の女性が素敵だったので読み切れたようにも思う。副読本として『数学ガール ゲーデルの不完全性定理』なんかいいかもしれない。

ともあれ、こうやって「ある仮定が真なら何が言えるか?」ということを仮定の真偽を問わず思考できることや、仮定はおろか結論の真偽もさておいて「仮定から結論を導く過程の構造」について思考できることを、知る人が増えるとよいと思う。

とくに何かの問題について話す相手に。

自分が「抽象的に考える」ときのイメージがこれなので。

いわゆるソフトウェア設計も、抽象的に捉えればこういうことなので。

個々の具体的な問題についての議論を面倒がっているだけかもしれないけれど。

[1] Japan Detectives Club(日本探偵倶楽部)の略。清涼院流水のミステリィ作品に登場する。

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