ここ最近、データベース設計のダメさ加減に苦しめられている。悩んでいる最中、『達人に学ぶDB設計徹底指南書』を読んでいたら、
解消するためにどうアプローチしたらいいか参考になると思って、『データベース・リファクタリング』を読んでみた。
そうしたら、本書でも
続くこの一文を読んで、変えるしかないんだろう、とは思う。内容はプラクティカルで合理的だと思った。が、文化的・政治的な文脈でも自分のロール・性格的にも難しそうで、二の足を踏んでいる。
下手くそなデータ構造に対して、エレガントなプログラミングを行うことは不可能なのです。データ構造がダメな状態で、プログラミングによって挽回することはできません。とあり、挫けそう。
解消するためにどうアプローチしたらいいか参考になると思って、『データベース・リファクタリング』を読んでみた。
そうしたら、本書でも
というのも、データレベルの設計が貧弱だと、まず間違いなく上位の層に問題が波及し、ほとんどの場合は、頼りない基礎を安定させようと無駄な努力をしながら、質の悪い設計を繰り返していくことになるからである。なんて書かれていて、追い打ちを食らった気分。まさにその通りで、どんなに努力しても、設計の質が一向に良くならない。影響を局所化するためにレイヤを切りたいのだけれど、切り口が見えない。
続くこの一文を読んで、変えるしかないんだろう、とは思う。内容はプラクティカルで合理的だと思った。が、文化的・政治的な文脈でも自分のロール・性格的にも難しそうで、二の足を踏んでいる。
さらに、変更が認められなかったり怖くてできないなどの理由でデータ層を発展させられなければ、ソフトウェアを最善の状態で納品することはとうてい不可能になる。どうしたもんだか。